003:神の啓示領主の裁き

 湯浴み場侵入の裁きが始まった。

 僕は、申し開きの機会に誤解を解いて解放されることが目標だ。


「それでは、お前たち席につけ」


 プラム子爵が声をかけると3人の女性が部屋に入ってきた。どこか見覚えのある女性たちは右側奥に並べられた椅子にそれぞれが座る。


「この裁きは、神の啓示で決められた罪を子爵である私が罰を決める『法』により執り行う」

 ──この国では、罪は神が決める。罪に応じた罰を土地の領主が決定すると『法』で定められているのだ。神がどうやって罪を決めるのかは不明だが、罪は特殊な次元に記録される──


「イワヤ ナギサの罪を確認する。ミミアボックスに両手を置きなさい」

 

 子爵が指示すると目の前にある魔法陣の光が強くなった。おそらくこれがミミアボックスなのだろう。僕は申し開きの機会まで素直に従う。 

 

 一体これで何が分かるんだ…… そう思ったときに魔法陣の輝きが強くなった。手の上の光が上方へ広がりホログラムのように文字を映し出した。


『イワヤ ナギサ 15歳 Lv1 賞罰:なし』


 突然現れた文字にビックリした。一体どんな仕掛けなんだ。 僕の名前、僕の年齢……15歳? 僕は25歳だったはず。


「ふむ。神の啓示で賞罰は記録されていないな。何らかの事情があったと推察される。しかし、15歳でレベル1とは随分と箱入りな生活をしてきたんだな」


 子爵からバカにされている事だけは分かった。しかし、賞罰が無しということは申し開きをしなくても解放されるかもしれない。


 ……この時はそう思っていた。


「それではお前たちの考えを聞かせてもらおう」


 子爵から女性たちに罪についての意見が求められる。一瞬しか見ていなかったので最初は分からなかったがお風呂に入っていた3人の女性たちだった。


「レミニーア・イル・サイン。父のサイン商会で経理をしております。わたくしは湯浴み湯への侵入は死罪だと思っております。しかし、神の啓示で何らかの事情があると考えられるので減刑されても納得致します」


「マイン・オル・ハルカ。湯浴み場へはパパと来てたの。私は良く分からないからなんでもいいよー」


「ウタハ・ルグリ・ニード。1人で旅をしている冒険者です。この国のルールは良く分かりませんが、殺すのだけは止めて欲しいです」 


 部屋の中を静寂が包んだ──



「よし。判決が決まった」


 え!? 僕の申し開きの機会は? こんな理不尽な裁判があって良いのか。叫びたいがいくら声を出そうとしても声が喉に留まり口から声が出てこないのだ……


 

「湯浴み場への侵入は死罪…… 神の啓示で罪は記録されていないが、あの場に居たことは事実であり罰を免れることにはならない。イワヤナギサを島流しの刑に処し執行まで牢屋で生活するものとする」


 何もしていない僕は一生懸命申し開きをしようと必死になるが声を出すことは出来なかった。


 なぜだ……


 なぜなんだ……


 なぜこんなことになった……


 いったい何なんだー


 心の中で叫ぶことしかできなかった。



▽ ▽ ▽ 

 ──島流しはこの国で死罪に次いで重い刑である。執行日まで厳しい行動制限を課せられるが、神の啓示による賞罰が記録されていないことから、牢屋内でのみ行動制限は課せられなかった。

 『犯罪者の首輪』を装着されると『裁きの間』での発声や感情を表層化できない魔法効果が発揮されるので声を出せなかった──

 

 番兵から説明を受けたが酷い話である。被告人の申し開きが出来ないということは冤罪を作りたい放題じゃないか。せめて弁護人位いても良いのに……


 平和であった日常生活が急に変わり、あまりにも違う世界常識に心がついてこない。現実の実感が無い分だけまだ心に余裕が持てているのかもしれない。


 今は牢屋に戻され、罰の執行を待っている。執行までは牢屋の中で自由を満喫!? しながら日々を送っている。と、言うのもここでは3食きちんと食事が出るし牢屋の中なら自由が許されるので順応性が高いのか居心地良く感じていた。


 ……きっと心がマヒしていたのだろう。


 牢屋生活も1週間が経とうとしている。生活の中で気づいたことがある。牢屋に木格子の窓があり、そこから訓練場を見渡せる。


 訓練は、剣や槍、弓などを使った訓練だけでなく、炎や氷などを発生させる魔法訓練も行われていた。


「す、すごいな……」


 初めて見る魔法に心が躍っていた。呪文までは聞き取れないが、詠唱することで魔法陣を描き魔法を放出しているようだ。

 現実世界ではありえない現実をずっと眺めていられた。


 訓練を眺め、この状況から一つの事実を理解せざるを得なかった。


 ……ここは異世界だということを


 牢屋にいると話し相手は門番しかいない。色々と聞いているうちに仲良くなった。門番ゲドスは核心までは教えてくれないがある程度の世界について教えてくれた。


 この世界は強さがレベルという概念で数値化されている。(……どうせ異世界に連れて来るならレベルMAXでもいいじゃないか)と思ったが、そんなに甘くはなかった。


 ゲドスは島流しについても教えてくれた。キクにある船着き場からハッサドという島に船で送られ罪の清算をする。島には凶暴な獣が生息するので生き延びて脱出すれば晴れて無罪放免となる。

 

 獣と聞くだけで大きな不安が心に生まれる。中型犬ですら戦うとなれば恐怖を感じるのに凶暴な獣が出るとなると不安より恐怖の方が大きい。攻撃的な狼や熊の居る森に放り出される感じをイメージしてしまう。それでも何とかなると思ってしまうのは平和ぼけが染み付いていたのだろう。


 島流しに備えて出来るだけ体力をつけておきたい。生き延びられるように筋トレなど機能強化を続けている。時折ゲドスにお願いしてレベルの確認をするが、Lv1から上がる事は無かった……


 そしてついに、ゲドスより島流しの決行日が通告された。


 ……翌日であると。


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