002:お風呂でつながる世界

「ぶはぁ」

 

 ゴフォ ゴフッ  


 温泉に落ちた拍子に大量のお湯を飲み込んだようで全てを吐き出す。


 あの光は何だったんだ……

 バスを飲み込んだ光……

 そうだ! バスに乗っていた友人たちは無事だろうか……


 それにしても初めて空を飛んだ気分だ。まだドキドキがおさまらない。

 しかし、落ちた先に温泉があって本当に良かった。大地にダイブなんて事になったら…… 背筋にゾーっとした寒気に襲われ身震いした。


 助かったのは、お風呂をこよなく愛していたからこそ神がお風呂場へ導いてくれたのかもしれない。そんな思いでいっぱいになる。


「それにしてもここは随分と広いお風呂だなぁ。上から見た時はこんなに広く感じなかった気がするが……」

 遠近法による錯覚がそうさせているのかと見渡して現況を確認すると、女性3人がお風呂に浸かっている。


 ここは女性風呂か──


 紫色の髪を後ろに結った美しい女性

 金髪でストレートの可愛らしい女の子

 ふわふわした淡い緑色の髪をした美しい女性


 女性たちはこちらを見ている。お互いに状況が把握できておらず頭が混乱していたのだろう。


 ──そして時はきた


「はッ! 裸!」

 我に返る。同時に彼女たちも我に返った。


「キャ──ァ」

「イヤ──ン」 

「へんたーい」


 その叫び声に慌てて「いやっ」「これは」など口から出てくるが、声が届くことはなくずぶ濡れのまま出口に走った。 

 走った。 走った…… 今までの人生でこんなに必死になったことはあったのだろうかと思うほど必死に走る。

 

 ツルッ………… ドンッ ゴロゴロゴロ…… ドゴン


 お風呂場で走るという危険な行為が僕を宙へ誘(いざな)った。 

 盛大にダイブし、落下と共に壁まで転がってしまう。


「観念しろ!」

 起き上がると、2人の女性が槍先を向けて睨んでいる。腕と顔の一部が鱗で覆われ尻尾が生えている人? 革で出来た鎧まで身につけたゲームの住人のような存在。


 いろいろな出来事に混乱しているさなか、鈍い痛みとともに意識が遠のいた…… 槍の石突きで頭を殴られたようだ。


「一体どこから侵入したんだろうな」

「この不埒者は死罪だな」


 意識を失う中、そんな言葉が聞こえた気がした──



▽ ▽ ▽

 目を覚ますと牢屋の中にいた。刑事ドラマで見るような鉄格子では無く、時代劇で見るような木の格子が目に入る。石造りの牢だが格子や格子扉は真っ赤に塗られていた。


 現実に見たこともない牢の中で、フラフラしながら扉まで歩き、手を伸ばすが弾かれるように触れる事はできなかった。


「お前のレベルではこの牢は触ることすら出来んよ」

 牢屋の番人なのか、格子越しにこちらを睨んでいた。この男もお風呂で見た女兵士と同じ革の鎧を身につけている。


 しかし待てよ…… レベル? 一体何のことだ。

 生活レベルは低いかもしれないが、顔面レベルは(自称)高い。身体レベルと精神年齢は低いかもしれない……そんな自己評価が頭の中を巡る。


「イワヤナギサ。レベル1のお前には触れんよ」


 なぜ僕の名前を知っている。一体レベルとは何なのだ。


「とりあえず静かにしろ! これからプラム子爵様がお前の処分を決定する」


 処分!? 処分とは何のことだ…… 頭の中が混乱し過ぎて思考回路はショート寸前。頭を整理しようと冷たい床に座ってこれまでを振り返る。


── 回想 ──

 僕が企画した温泉旅行で友人たちとバスで出発した。

 温泉街が見えたあたりで前方に光の環が現れた。

 光の環を避けるため運転手がハンドルを切った。

 ハンドルを切った拍子に全開の窓から放り出された。

 女性が浸かっていた温泉に落ちた。

 お湯から出ると女性3人に騒がれ、駆け付けた兵士に捕えられた。 

── ── ──


 ……ん?


 まてよ。温泉に落ちる時に見えた女性は1人だったが、お湯から出たら3人に増えていた。しかも容姿が全く異なる女性。僕を取り押さえた兵士も見たことない恰好をしていたぞ。

 

 ……でも待てよ


 そもそもこの牢屋はなんだ?

 格子が真っ赤に塗られた牢屋なんて現代社会にある物なのか? それに牢屋を監視している門番も鎧を着ている。


 しかし今一番大事な事は、誤解を解いて牢から出なくては。それに光に吸い込まれた友人たちも気になる。


 ガチャッ……ブーン……カシャ 


「出ろ!」 


 格子扉が開いた。ふたりの番兵が迫り、無理やり肩と肘を掴まれ拘束されてしまう。強い痛みが体を走り抜け苦痛に表情を歪めるが、無理やり牢屋から引きずり出される。


「逃げようとするなよ。その首輪がついている限り無駄だからな」


 言われてみると首輪がついている不思議な感覚がある。手を伸ばして触れようとしても、格子扉のように弾かれてしまい触れる事は出来ない。


 連れられた先は牢屋から離れた屋敷の一室。赤い絨毯が敷かれ中央に丸テーブルが置かれている。向こう側は1段高い場所にソファーが置かれ、テーブルの手前と右手奥には背もたれのある木の椅子が3脚ずつ並んでいる。


 番兵に投げ捨てられるようにテーブル前の椅子に強引に座らわれた。


(なんだ…… これ……)


 こ、声が出ない。泣こうが叫ぼうが声が出ない……

 それに、テーブルの上に置かれた箱はなんだ? 箱の上に紋様が描かれた円陣が光を発している。 ……魔法陣?

 

「これから、イワヤ ナギサの裁きを始める。ここの領主であるプラム子爵により罰を決定する。自分の行いを反省して罰を受け入れるがよい」

 

 裁き? 何もしていない僕の裁きが始まる…… 誤解だ…… 誤解なんだ。何とか申し開きをしたいが全く声が出ない……


 混乱している中、扉を抜けて一人の男が部屋に入ってくる。僕をチラリとも見ずにテーブル越しにあるソファーに座った。


「湯浴み場侵入の罪。タマサイ王国キクの領主である子爵プラムが罰を取り決める」


 被告人となった僕は、申し開きの機会に誤解を解くしか解放される術が残されていないと悟った。


 なんとしても誤解を解いて友人たちを探して合流しなくてはならない。




【物語解説】

 話中に出てきた主人公が触れなかった犯罪者の首輪や赤い格子は、高位の不接触魔法により低位の者は触れる事すら許されない。 開錠するには、魔法付与時に合わせて作られる鍵を使うか、術者より高位の魔法力で破壊するしかない。

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