ただの風呂好きが異世界最強 ~ぼくとデミちゃんが紡ぐ旅~

ひより夢

お風呂でつながる世界

001:プロローグ

 ザッバーン


「ふう、気っ持ちいー」


 近所のスーパー銭湯に来ている。仕事帰りに浸かる1杯のお風呂は格別だ。いつもの場所いつものお風呂。そしていつもの夜景。風呂に浸かって眺める星空は最高だ。


 そして……


 火照った体で食べるトンテキ定食が大好物である。常連客はジョッキを片手に極楽にいるような顔を静かに振りまいているが、僕はガーリックの効いたキラリとしたソースを厚くカットした豚ステーキにぶっかけて食べる方が口福(こうふく)だ。


 僕は『岩谷なぎさ』 25歳


 趣味はお風呂。何よりもお風呂が大好きである。暇さえあれば温泉巡りをしてお風呂の研究に励んでいる。これも将来は自分のお店を持ってお風呂の良さを世界に伝達するという夢を達成するためなのだ。



  ▽ ▽ ▽

 桜が咲き始めると毎年恒例の同窓会旅行の時期が訪れる。持ち回りで幹事となり担当となった者が好きな趣向で旅行案を立てる。その計画に沿った旅行を楽しんで親睦を深めるのが趣旨である。その幹事として今年は僕が選ばれた。


 僕が選ぶ旅行のテーマは『温泉!』これしかない。友人たちの笑顔を想像しながら観光スポットを研究して計画を練る。ただお風呂に入るだけでは友人たちに楽しんではもらえないので、『ルート、買い物、観光』などを組み合わせて一番お風呂を楽しめるように調整していく。


 そして徹夜する事3日。とうとうそれは完成した。『日程、ルート、買い物、観光』すべてのスポットをベストマッチさせて、お風呂を最大限に楽しめる旅行案が完成したのだ!

 あまりの嬉しさにひとりで大声を出して叫んでしまったほどの完成度だ。この徹夜で完成させた完璧な旅行案を『旅のしおり』に落とし込む。旅行にしおりがあるのとないのでは大きな差があり、その中に4コマ漫画を入れなくては『旅のしおり』の魅力が半減してしまうので気合を入れて描いた傑作品である。


 この渾身の1冊を当日だけで終わらせるのは勿体ないので全ての参加者に郵送しておいた。 


 ……2日後に1通の感想がドコネを通じて受信される。可愛い絵文字をふんだんに使って『旅のしおり』の良かったことを丁寧に打ち込んでくれた女性。

 返信をくれたのは『古式凛(こしきりん)』。大学の後輩で、バレンタインや誕生日に必ずプレゼントを贈ってくれる女性である。古式流刀術宗家の一人娘で日夜修行に励んでおり、修行中の凛(りん)とした顔つきと普段のにこやかな表情に何人もの男性が心を奪われた人気者だ。



 

  ▽ ▽ ▽

 旅行当日。僕は幼馴染の写真に挨拶をして家を出る。幼馴染の神薙那由(かんなぎなゆ)は神社を実家に持つ巫女で、物心ついた時から何をするにも後をついて回ったお姉さん。いつからか姉から憧れにかわり、同じ高校に入学したくて猛勉強したのは良い思い出である。

 しかし合格した矢先に神隠しにあったかのように行方不明となってしまった。それから写真を飾って毎朝挨拶をするのが日課になっている。



 家から集合場所のロータリーまで約1時間。幹事としていち早く到着し友人を待つ。ひとりでボーっと待っていると、旅行を楽しんでもらえるかという不安と絶対に喜んでもらえる自信が心の中をグルグル回るように浮かぶ。

 しかし僕には切り札がある。男湯・女湯だけでなく混浴もある温泉宿を選んだのだ。


 (……温泉に混浴があると不思議と何か期待しちゃうよなぁ)


「なぎさくん。街の往来でそんなにニヤニヤしながら鼻の下を伸ばして何を考えているの? Hな事でも考えていたんでしょう」


 気付かないうちに顔がニヤニヤしていたようで周囲の視線を集めていた。そんな状況を見ていた女性にポンと肩を叩かれた。

 後ろを振り向くとピンク色のワンピースを着た小柄なショートカットの可愛らしい女性が笑っている。この女性は、蒔田なごみ(まきたなごみ)先生。僕の大学時代の教師である。本気で生徒の事を考えた行動、生徒を分け隔てることなく向き合う人間性に生徒だけでなく教師からも人気があった先生である。


「なぎさくん。そんなことだからいつまで経ってもモテないのよ」

「……ハハハ、そろそろみんな来るかな」

 明らかに作り笑顔だと分かる顔を浮かべてごまかすのが精一杯だった。そんなやりとりをしていると続々と友人たちが集合場所に到着する。


「なぎさっちー」「せんせーい」「ひっさしぶりー」

 声を掛け合いながら集まってくる中で、ひときわ厳しい言葉を投げかける女性がいた。 

「さっきから見ていたけど、こんな駅の前でなにをはしゃいでいるのよ。恥ずかしい」

 スラっとした背の高いポニーテールの女性がこちらを睨みつけている。この女性は竜崎琴(りゅうざきこと)。小学校から付き合いのある女性だ。竜崎は弓道一筋の女性で日本を獲れるとまで言われた実力者だが、高校時代に弓道部が不祥事に巻き込まれて廃部となった。その後は古式の道場で稽古を続けている不幸体質の頑張り屋だ。


「まあ、いいじゃないか。バスも待っているしさっさと行こうぜ」

 わちゃわちゃしているこの場を収めようと一人の男性が割って入った。この男性は仲間内で集まると必ず目立ちたがるイケメンのお金持ち。容姿が良くて将来性もバッチリな女性にモテる聖剣(ひじりけん)だ。父親が海外にも支社の有る有名な会社の代表取締役で…… いわゆるボンボンである。勉強にスポーツに万能であることから、裏では聖剣(せいけん)の勇者と呼ばれていたりする。ちなみにこの旅行へ蒔田先生を連れてきた功績者でもある。 


「いやー金持ちの友達がいるとありがたいねー」

 思っていても言いにくい事をハッキリ言うこの女性は、里中千秋(さとなかちあき)。サラサラした茶髪のショートカットで長身の女性。思った事をオブラートにも包むことなく言葉として投げかける。その言葉の刃に心を裂かれた者は数知れず、男性よりも女性にモテるタイプだ。しかし一人になると寂しがり屋なツンデレという噂だ。

 

「運転手も待っているからそろそろバスに乗り込もうよ。なぎさが乗らないとみんな乗れないよ」

 僕の乗り物酔いを知っている友人、斉木琢磨(さいきたくま)。いつのまにかに現れていつの間にか居なくなるそんな男だ。ダラダラするのが嫌いで、場を動かしたい時はひときわ存在感を出してくる。ちなみに里中千秋に惚れているのは周知の事実である。


 斉木に促されて僕はやらなければならない事に気づく。それは一番前の窓際の席を確保しなければならない。なぜなら僕は乗り物に弱い、尋常なく弱いのだ! 乗り物に乗れば絶対に酔う自信がある。流石に何年も付き合いがあれば周知され、僕が最初に好きな座席を選ぶところから始まるのが恒例行事になっていた。


「ぼっちゃんの学友たちですな」

 バスに乗り込むと、白髪頭に白い髭を生やした、いかにも『執事』という服装と容姿の渋い男性に声をかけられ、僕を先頭に友人たちがバスに乗り込んだ。




  ▽ ▽ ▽

 同窓会というものは学生気分に戻れる時間でもある。近況だけでなく恋愛話や仕事話など、どんな話しも学生時代に戻って気兼ねなくできる。

 ワイワイ話をしていると温泉街に近づいて来るのが分かる。温泉特有の匂いや風景が僕の興奮を呼び寄せるからだ。

 今回予定しているメインの温泉は、数種類の薬草を漬け込んだ薬膳風呂がウリで、薬草の配分と湯の効能を掛け合わせた何種類ものお湯が五感を刺激しながら癒してくれる。そんな事で頭がいっぱいになり興奮が最高潮に達してしまい、バス酔いを忘れて今の気持ちを叫びたくなってしまう衝動に駆られる。


「今日の温泉旅行は徹夜で企画を考えた! みんな仕事や学業で疲れているな! 素晴らしいお風呂で精神と肉体を癒しにいくぞー!」

 やってしまった。気づいた時は後の祭り。友人たちの冷たい視線が僕を突き刺し車内が静寂に襲われる。


「ホッホッホッ なぎさ様は元気ですな。危ないから運転中は座っていて下さい」

 静寂を破ってくれたことには感謝するが、逆に友人たちに笑われて恥をかいてしまった。 ……僕は素直に席に座り下を向いて話題がそれるのをじっとまっていた。


 温泉街が見下ろせる頃には乗り物酔いが酷く体も心もぐったりしていた。窓を全開にして吹きかかる風を浴びていると車酔いの辛さが少し和らぐ。


 ピカッ


 前方で何かが光った気配を無意識に目が追っていた。追った先には光り輝く小さな球が浮かんでいるのが見える。


 ブゥゥゥゥン


 光の球は回りのエネルギーを吸い込むように面積を広げ、5メートル程の光の環が描きだされる。環の中には不思議な紋様が描かれ強い光を帯びている。その光の環から溢れだした光がバスに伸びてきた。

 伸びてきた光がバスを包み込む寸前に運転手が危険を察知しブレーキを強く踏み込みハンドルを右に切って回避する。

 バスを包み込んでいる光はバスを追いかけるように包み込み、遂にはバスを飲み込んで光と共に消え去った。


 ……あたりは何事もなかったかのように青空が広がり、眩しい太陽が僕を照り付けていた。

 

 なぜ僕がバスの行方を客観的に見ていたかというと……  バスが急ハンドルを切ったはずみで全開の窓から投げ出されて宙にいたからだ。その宙からバスが消える一部始終を最初から最後まで目撃していた。

 窓から投げ出されて宙を飛ぶという非日常が時間をスローモーションに感じさせる。しかし、重力に逆らうことなど出来るはずもなく空気を切るような音を立てその場に落下した。


 真下には僕の大好きな温泉が見える。水面に反射する太陽の光が美しい。中には1人の魅惑的な女性がゆったりとお風呂に浸かっているぅぅ……


 ドッボォォォォン


 大きな水しぶきを上げて温泉に頭から落ちていった。落ちる寸前に薬膳の馥郁(ふくいく)たる香りが鼻を抜け、水面が不思議な光で包まれたのを感じたが、緊急事態にそんな事を気にする心の余裕はなかった。




【物語解説】

 話中に出てくる『ドコネ』とは、点 (個人)同士をつなぐSNSとして人気のあるアプリ。 Dot connect 略して Do co ne です。


【あとがき】

 『ただの風呂好きが異世界最強』お読みいただき誠にありがとうございます。

 これからも皆様が楽しめる作品を書いていきたいと思っておりますので、応援の程よろしくお願いします。

 気になる点やアドバイスなど気兼ねなくコメントしていただけるとモチベーションにもつながり、参考になりますのでよろしくお願いします。

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