29.

 異世界から来た蜘蛛だか神様だか知らないが……そいつが世界の一部を切り取って自分の〈巣〉を作り、それが独立した一つの世界にまで成長するというのならば……正に、世界の創造主って事になる。

 ピラミッドから出てきた白服の連中は『創造神さま』と言っていた。

 あのダイヤモンド製と称する透明のピラミッドの中に〈異界神〉とやらがんでいるのだろうか?

「なあ……いま俺らが居るのは、その〈異界神〉の作った巣の中なんだろう?」私は誰にくでもなく、言葉を投げてみた。

「そうだ」と、運転手の小麻こぬさ金次きんじが答えた。

「なら、そいつは、とっくに我々の存在に気付いているんじゃないのか? 自分の創り出した世界なら、どんなことでも可能なはずだろう?」と重ねてく。

「そうとも限らんよ」と小麻こぬさ。「世界の創造主だからといって、全知全能というわけでもないさ……自分で建てた家だからって、屋根裏にんでるネズミの数まで知っているやつは居ないだろう」

「そんなものなのか?」

「そんなものさ」

 私は、別の話題を振ってみた。「パス・ファインダーって、何なんだ? さっき俺のことをそんな風に呼んでいたが……」

明夜あきよ、俺に代わって、新入りさんに説明してやってくれるか? 運転に集中したい」小麻こぬさ金次きんじが、後部座席の少女に言った。

「分かった」少女が答えた。「私らが何者なのかって説明もまだ半分だけだったから、残りを話そうと思ってたところ」

 そして土駒つちこま明夜あきよと名乗る少女は、私に向かって言った。「通路探索者パス・ファインダー っていうのは、私たちの世界と〈異界神〉の世界との境界面を感知できる人……あるいはその両者をつなぐ通路を感知できる人の事よ。そういう特殊な能力を持った人の事」

「つまり、超能力者だってのか?」私は土駒つちこま明夜あきよたずねた。「この俺が?」

 明夜あきようなづく。「私らが所属する〈夜叉護やしゃご財団〉っていうのは、そういう特殊な能力を持つ人間をリクルートして部隊を作り、異世界からの侵略者である〈異界神〉を駆除している組織なの」

「超能力者たちの集団が、神さまと戦っているだと?」

 そこで、ハッと気づく。

「運転手さん、あんた、さっき俺を『新入り』って呼んだな? それは、つまり……」

 ミラー越しに運転手の顔を確認すると、微かにうなづいたように見えた。

「ご多分にもれず、うちの財団も万年人手不足でね。戦力となる特殊能力者……いわゆる『超能力』を持った人間は常に募集中だ。あんたが今の仕事で幾ら稼いでいるかは知らんが、〈夜叉護やしゃご財団〉に来てくれれば、相当の報酬が約束される。新入りの最低年俸は確か……」

 小麻こぬさが金額を言った。

 私が一番稼いでいた頃の年収の、ざっと三倍だった。

「本当かよ? そんなに貰えるのか?」

「どうだ?」

「……しかし……」

「まあ、今すぐ結論を出さなくたって良い。今のところ、あんたは『お客さん』だ」

 そうこうしているうちに、私たちの乗ったカローラは森と村の境界線に辿たどり着いた。

 小麻こぬさは、森が終わって田畑に変わる境目さかいめの十メートルほど手前で車を停め、ヘッドライトを消した。

「さて……これから、どうするかだが……」と小麻こぬさ

 土駒つちこま明夜あきよが「アンチョビ、状況分析は終わった?」と言った。車の中に座っている男らの誰に対してでもなく、まるで車内の空間そのものにたずねているようだった。

 どこからともなく、コンピュータで合成された男性の声が発せられた。『車外情報収集とデータベース照会は終了しています』

「で、今回の相手の種類は?」

『ADG320もしくは、その亜種、と予想されます』

「タブレットに表示して」言いながら、彼女はドアポケットからアイパッドのようなものを取り出した。運転手の小麻こぬさ、助手席の熊枝くまえだ洋吉ようきちも、それぞれ自分のタブレットを出して画面を見た。

「こいつか……」小麻こぬさつぶやく。

 熊枝くまえだ洋吉ようきちが、「駆除した経験があるのか?」と運転手にたずねた。

「ああ。駆除の難度は、それほど高くない」小麻こぬさがタブレットの上で指を滑らせながら言った。「油断は禁物だが……駆除方法は既に確立されていると言って良いだろう」

 私は、いったい今どういう状況で、彼らは何について話し合っているのか分からず、黙って土駒つちこま明夜あきよを見た。

 彼女が、私の戸惑いを察知して「さっき車内スピーカーから聞こえてきたのは、この車に搭載されている人工知能の声よ」

「人工知能?」

「そう。『アンチョビ』って呼んでいる。アンチョビ2号。車載カメラやらレーダーやら集音マイクやら、その他いろいろ、車に付いてるセンサーで集めた情報を解析して、私たち財団のエージェントが過去に駆除した〈異界神〉のデータベースと照合、そのタイプと対処法を教えてくれるの。データは車内のローカル・ストレージにコピーされているから、異世界にいる時は車内データベースに問い合わせをするんだ」

「……すごいんだな」

「まあね。財団は人手不足だけど、お金だけはあるから。車だろうがコンピュータだろうが、カスタム・メイドで最先端の技術を惜しげもなく使えるよ」

「そうか……さっき、この自動車を襲った〈森人〉どもを弾き返したバリアーみたいなやつ……『シールド』とか言ったか……それもカスタム・メイドで付け加えられた機能だったんだな」

「いや、それは……」

 その時、助手席の熊枝くまえだ洋吉ようきちが、「方針が決まった」と言った。

「どうするの?」土駒つちこま明夜あきよが助手席に顔を向けてたずねる。

「基本的には、データベースにある駆除方法で行くが……そちらの御客人おきゃくじんによると、谷間の一本道の突き当たりに奴の本体があるらしい。で行く」

「二正面作戦? なんか危なっかしそうだな。大丈夫なの?」

「危ないのは何時いつもの事だろう」

「まあ、そりゃ、そうだけどさ」

「夜明け前まで待って、仕掛ける」

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