25.

 軽トラの老人が去ってから、どれくらいっただろうか。

 私は、何とかして手足のいましめを解こうと試したり、首に巻かれた

縄を断とうと知恵を絞ってみたが、結局、時間を浪費するばかりだった。

 気づいたら、太陽が見えなくなっていた。

 こずえの下に隠れたからといって、即、それが日没を意味している訳ではないだろうが……濃くなった空の色から夜が近づいていると分かる。

 ざざっ、と木々が鳴った。

 驚いて、地面に寝そべったまま首だけを持ち上げて周囲を見回した。

(やはり、森の中に何かいる)

 あの老人は、『日没と共に、奴らは活動を開始する』と言っていた。『人を喰う』とも。

(たしか〈森人〉とか言っていた……一体いったい、何者なんだ?)


 * * *


 さらに時間が経過した。

 周囲の森は暗闇に包まれ、空に星が現れた。

 月の半面が、青白い光を地上に落とす。

 また、ざざ……という葉擦れの音が鳴った。

 首を上げ、音のした方を見た。

 ……人の影だ。森と広場の境目さかいめに立っている。

 影が、一歩前へ出た。

 月光を浴びて、その姿があらわになった。

 私は叫んだ。

 恐怖の叫び。

 自分の口から発せられるその声を、どうしてもめられなかった。


 * * *


〈それ〉には、人間の面影があった。

 かつては人であったのだろうと直感させる程度には、人の姿をしていた。

〈それ〉は全裸で、

 動くたびに、全身に密生した緑色の葉が揺れた。

 これが〈森人〉か。

 私は叫び続けた。

 全身の皮膚に緑色の葉をやした人間たちが、何人も、何人も、ゾロゾロと森の中から出てくる。

 男も女も子供も居た。

 徐々じょじょに、徐々に、近づいてくる。

 彼らは皆、眼球めだまが無かった。

 目蓋まぶたの間から、緑の葉が生えていた。

 彼らは皆、毛髪かみのけが無かった。

 その代わり、頭部にビッシリと緑の葉が生えていた。

 二十人……いや、三十人は居るだろうか。

 彼ら……いや、……は、私を……手足を縛られ首をつながれて地面に倒れている私の周囲を取り囲み、見下ろした。

〈森人〉どもは、目玉の代わりに木の葉を生やした眼窩がんかを私の方に向けて、しばらくジッとしていた。

 月光に照らされた〈森人〉どものグロテスクな姿を見返すうち、ふと、ある事に気づいた。

〈森人〉の全身に生えている葉っぱが、わずかに動いている。

 それぞれの葉が、自らの意思を持っているかのように、小刻みに震えていた。

〈森人〉の中の一人が、自分の右目から生えている葉を、ひとつ抜いた。

 眼窩から引き抜いたに相当する部分はブラシ状になっていて、細い根毛ひとつひとつが、ウネウネと動いていた。

〈森人〉は私の横にひざまづき、手に持った『うごめいている葉』を顔の方へ近づけて来た。

 私は叫び声を上げながら、必死でその手から逃れようと顔を背けたが、周りにいた他の〈森人〉どもに体を押さえつけられ、無理やり顔をその〈蠢く葉〉の方へ向けさせられた。

 無数のイトミミズのような葉の毛根が、少しずつ、少しずつ、私の目玉へ近づいて来る。

 目蓋まぶたを閉じたかった。

 しかし、閉じるのが怖かった。どうしても閉じられなかった。

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