23.

 森の中を走る軽トラックの荷台で目覚めた。

 デコボコの未舗装路が軽トラを上下に揺さぶり、寝転がされた私の体が荷台の鉄板の上で跳ねた。

 最悪の乗り心地だ。

 両手・両足を粘着テープで縛られて、口もテープでふさがれている。

、って訳か)

 気絶している間に見ていた夢と、目覚めたあとの現実が一致しているのは何故なぜだろうと考えてみた。

(例えば、完全には気絶していなくて、半覚醒状態……『夢うつつ』の状態で、無意識に周囲の会話を聞いていた、とか?)

 それ以外に合理的な理屈づけは無いような気がした。

(科学的理論にこだわらなければ、、って仮説も立つが……)


 * * *


 どれくらい森の中を走った後だろうか……軽トラが一旦停車した。

 そして、何度かハンドルを切り返す感覚。

 百八十度方向転換して切り返しを終えた軽トラが、再度、停車した。

 エンジンの音が止まる。

 運転席のドアが開き、誰かが出て来る気配。

 頭を持ち上げて、そちらの方へ顔を向けた。

 あの老人が、運転席の横に立っていた。

 もはや隠す必要も無いと思ったのか、っかむりは無かった。

 後頭部から例の触手が放射状に広がってユラユラ揺れている。

「なんだ、目覚めていたのか……」老人が私を見て言った。

 私は黙って彼を見返した。口に粘着テープを貼られているから、声が出せない。

 周囲を見回した。雑草が生えた二十メートル四方ほどの広場で、軽トラの横に、イギリスのストーンヘンジを小型にしたような環状列石がある。

(これが……?)

 老人はトラックのを開くと、体操選手のような身のこなしで荷台に飛び乗り、いきなり私の体を蹴った。

 私は抵抗する間も無く激痛に見舞われ、荷台から細い未舗装路の土の上に転げ落ちた。

 手足を縛られていたから受け身も取れず、なんとか頭部だけは守ったものの、地面に落ちると同時に全身を強く打って悶えた。

 息もできなほどの痛みに必死で耐える私の首に、ロープのような物が巻き付けられる。

 老人が、土の上に横たわる私の横に蹲踞しゃがんで、私の口に貼られた粘着テープを無造作に剥がしながら言った。「あんた、から来たんだろ?」

「外の世界? ……何の話だ?」ほとんど反射的に聞き返す。痛みで思考が回らない。

「この村の外の世界って意味だよ。異世界とか、別世界とか……まあ何と呼んでも良いが……時々、あんたみたいな者がこの村に迷い込んで来るのさ。そういう連中を捕まえて〈偉大なる創造神〉さまに差し出すのも村人の重要な務めだ」

「神への生贄いけにえにするって事か?」狂人どもめ、と言いそうになる寸前で、ようやく言葉を飲み込んだ。

「生贄ねぇ」老人が苦笑いと困惑とさげすみの微妙に入り混じった顔を作る。「まあ、考えようによっちゃ、そう言えなくもないが……別に食い殺される訳じゃない。神の御子みこを脳に植え付けて頂くんだ」

 彼は自分の後頭部にある『触手の生えた肉塊コブ』を指さした。

「この御子みこさまの触手は、我々の脳内全体に根っこのように張り巡らされているんだ。御子みこさまが触手を通してある種の〈信号〉を脳へ送って下さる事で、人は一切の苦痛と苦悩から解放されるんだよ」

 そして立ち上がり、私の首に巻かれたロープの一方の端を〈祭壇〉の石に縛り付け、『やるべき仕事は終わった。さっさと帰ろう』とでも言わんばかりに自分の肩をみ首をコキコキと鳴らしながら軽トラの運転席の方へ歩いて行く。

 運転席のドアを開けた直後、老人は『そうだ、言い忘れた』といった感じで振り返った。「〈偉大なる創造神〉さまは、我ら信徒に〈御子みこ〉を植え付けて苦しみから解放して下さるが……脳に障害のある者を神前に差し出すと、ひどくお怒りになるのだ……だから『村の外から来た客人』に少しでも脳障害の可能性がある場合、そいつを〈森人〉に食わせる事にしているのだよ。ある意味こっちが本当の『生贄いけにえ』……というより、不良品の廃棄処分と言った方が正しいか……奴らは日没と同時に活動を開始する。つまり、太陽が沈むと同時に、お前さんは奴らに食い殺される」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る