22.

 なぜ夢には『自分』が二人登場するのだろうか?

 演劇に例えて言えば『舞台の上で役を演じている自分』と『それを観客席から見ている自分』だ。

 そのとき見た夢の中にも『私』が二人居た。

 一人目の『私』は、気絶して乾いた土の上に倒れていた。

 倒れている私の周囲を白服の男女がと取り囲んでいた。

 その様子を、もう一人の私が空中から見下ろしている。

 誰も、空中にいる私の存在に気づかない。

 白服たちの後頭部には、大きなイボのような肉の塊が盛り上がっていて、その肉塊の天辺てっぺんからイソギンチャクのように細長い触手が放射状に何本も伸び、空中で嫌らしく波打なみうっていた。

 白服集団の中で一人だけ農作業服を着ている老人が、輪の中から前に出て、うつ伏せに倒れている私を足で蹴って転がし、仰向けにした。

 老人は、私の頭の横に蹲踞しゃがみ、気絶している私の右目蓋まぶたを指で無理やりひらいてしばらく瞳を覗き込んだ後、立ち上がって白服集団の一人に言った。

「気を失っている」

「確かだろうな?」白服集団の一人……背の高い五十歳がらみの男が念を押した。雰囲気から想像するに、この男がリーダーなのかもしれない。

「ああ」と軽トラの老人がうなづく。

 白服のリーダーらしき男がかすかに首をかしげた。「しかし〈音響攻撃〉は運動中枢を一時的に麻痺させる術……体の自由は奪っても、意識までは奪わないはずだが」

「この男、ひょっとしたら、脳に何らかの障害を持っているやも知れんな」言いながら、老人は立ち上がって私の脇腹を軽く蹴った。

「困ったな」と白服のリーダー。「〈偉大なる創造神〉さまが、脳に障害のある者をお気に召すとは思えん……どうしたものか」

百合子ゆりこさまに相談しては、どうだ?」

「うむ……」リーダーはあごに右手を当て、しばし考えるふりをした。

 突然に発せられたその名を聞いて、私は驚く。

『百合子』など有りふれた名だが、反射的に、あの読原よみはら百合子ゆりこの事だろうかと思ってしまう。

 リーダーが顔を上げ、そばに立っていた白服の女に「百合子さまは、お目覚めか?」といた。

「いいえ。〈偉大なる創造神〉さまとご一緒に睡眠おやすみでいらしゃいます」

「そうか……」さらにしばらく考えた後、リーダーが皆に言った。「この男を我らの仲間にするのはあきらめよう……障害の可能性がある者を〈施術の間〉に連れて行く訳には、いかん……それは言ってみれば、腐った魚を神前に供えるようなもの。〈偉大なる創造神〉さまのお怒りに触れる危険がある」

 リーダーが『神の怒り』という言葉を使った瞬間、その場に異様な緊張が走った。

 彼は「それだけは絶対に避けねばならん」とつぶやくように言い、軽トラの老人へ視線を移した。「すまんが、この男を〈森の祭壇〉まで運んでくれないか? 今から出発すれば日が沈む前に帰れるだろう」

「まあ、それが無難だな。了解した」

 軽トラの老人は、自分の車の助手席から粘着テープを持って来て、私の両手を背中にまわして手首をテープでグルグル巻きにした。

 さらに両足首にもテープを巻き、最後に私の口にもテープを貼って封じた。

 そして、気絶した私の体をさも軽そうにヒョイと肩にかつぎ、車の所まで歩いて行って荷台に放り投げた。

 見た目は枯れ枝のように痩せているのに、何という力だ。

「じゃあ早速、出発するよ」老人は軽トラに乗り込みながら言った。「こいつを〈森の祭壇〉に縛りつけて来る。が活動を始める前に戻らにゃならんからな」

「ああ。頼む」と最後にリーダーが言った。

 老人は手を振って応え、エンジンを掛けた。

 気絶した私を荷台に載せた軽トラは、白い服の集団に見送られ、ピラミッドのある広場を出た。

 トラックは谷底の道を行き、田園風景の中を走り、私と老人が初めて会った場所を通り過ぎた。

 その走る先に、瘴気を黒々と湛えた大きな森があった。

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