19.

 未舗装林道の奥へ奥へ、車を走らせた。

(泥が跳ねて車が汚れるのは、嫌だな)

 レンタカーを返すとき、担当者に『こんなに車を汚して』と迷惑気な目で見られたくない。

(まさか、ただ汚したってだけで、追加料金を取られるとか?)

 そんな心配もあって、昨日以上に注意深く、ゆっくりした速度で森の道を行った。

 細い雨が木々の葉に当たり、そのしずくが垂れて他の葉に当たり、それが無数に重なって、サーッというノイズのような音が森全体に満ちていた。

 ときどき空に、名も知らない鳥の『ケェーッ』という鋭い鳴き声が響き渡る。

 晴れていた昨日とは、空の色、木々の色、路面の土の色、全てが違っていた。

 間欠モードで動くワイパー越しに濡れた森を見ながら進む。

 対向車も、後続車も無い。

 土が剥き出しの細い林道と、自分の乗っているミライース以外、人工物らしきものが一つも見えない。

 人類文明が消滅して世界に自分ひとりが取り残された……そんな錯覚(あるいは幻想)に浸った。

 寂しいと同時に清々すがすがしくもあるという、奇妙な感覚だった。

 このまま燃料の続くかぎり、ずっと山の中を走っていたいと思った。

 林道に入って三十分も経った頃だろうか……急な左カーブをゆっくり廻った直後、目の前に現れた景色に心臓が高鳴った。

 

 夢の中で、小学生の私と読原よみはら百合子ゆりこが向かい合って立っていたあの場所だ。

 似たような風景が延々と続く林道の中で、どうしてそこが『夢の場所』だと分かったのか?

 理由は無い。

 直感という他ない。

『とにかく、分かったんだ』と言う以外に仕方がない。

 さらに速度を落とし、ほとんど歩くような速さで車を進めた。

 夢の中の空は晴れていた。

 対して、今は雨。

 空の様子も、森の様子も随分ずいぶん違っているが、それでも『この場所だ』と確信した。

 あの夢が小学生時代の私の記憶を元にしているとすれば、四十年前、私はこの場所に来たことがある。

 読原百合子なる人物が実在する、しないに関わらず、誰かと一緒に……あるいは、ひょっとしたら私一人だけで、この場所に来たのは間違いない。それ以外に説明が付かない。

 先の方に、部分的に道幅の広がっている部分があった。

 そこまで行って、下手なハンドルさばきで何とか自動車を脇に寄せてめた。

 万が一、他の自動車が来たとしても、こうしてはしに駐車させて置けば横をすり抜けられるだろう。

 私はエンジンを切って運転席のドアを開け、糸のような雨の降る道に出た。

 二歩、三歩と、森の奥の方へ進む。

 間違いない。

 確かにこの場所だ。

 彼女は、ここに立って言った。

「ここから先に行ってはダメ」と。

 目の前に、

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