16.

 通って来た林道をそのまま逆方向へ戻る。

 帰りの林道では、対向車には一度も出会わなかった。

 森が終わり、それまで木々ばかりだった視界が開けて、青空とうねの続く畑に変わった。

 林道は、畑の真ん中を突っ切る農道に変わり、農道は町の中心部へ向かう舗装路になった。

『森』という別世界への旅を終えて見慣れた『故郷の町』へ戻って来た時には、何とも言えない感覚が胸の内にいてきた。

 私が森に居たのは長くても一時間程度のはずなのに、なんだか、長い長い旅を終えて『日常の生活』に戻った時のような……懐かしさと、安心感と、そして『……これで冒険は終わってしまった』という寂しさが絶妙に混ざり合った不思議な感覚だった。

(子供の頃、休みの日まるまる掛けて行った小さな冒険の旅……それが終わって、夕暮れの町に帰ってきた時の感じ……あれと同じだ)

 暮らしている町を出て、旅をして、帰ってきて、また元の暮らしに戻る……そんな行動サイクルへの欲求が、原始の時代から脈々と人類の本能に刻まれているのだろうか。

(要するに、『遠足』をワクワクする楽しいものだと感じる本能が、幼稚園の頃から人間には備わっているって事か)

 だから、人は小説を読んだり、映画を観たり、ロール・プレイング・ゲームに没頭したりするのだろう。擬似的な『旅』の体験を求めて……小学生の頃、自分の生活圏から勇気を出して一歩踏み出した、あの感覚を思い出すために。

 ……そこで再び、強烈な違和感に襲われた。

 私は山間の田舎町に生まれながら、幼い頃から『インドア派』だった。

 休日は、ずっとテレビ(あるいはテレビゲーム)にかじり付きだった。

 自分の生活圏から出て、日帰りで何処どこかへ歩いて行くような、そんなアウトドアな子供じゃなかった。

 だとしたら 、この『子供のころの、日帰りで何処どこかへ歩いて行った』というかすかな記憶は、いったい何だ?

 民宿に到着して駐車場にミライースを停車させた後も、しばらく運転席から立ち上がる気にならなかった。

 ハンドルに額を押しつけて目を閉じ、頭の内側の奥底に眠る記憶を必死で掘り返す。

 彼女と二人だけの、日帰りの小旅行。

 思春期前の少年と少女の、デートのような、ピクニックのような、幼くて甘い体験。

 読原よみはら百合子ゆりこだ。

 ……私は、彼女と二人きりで林道を歩いた事がある。

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