12.

 図書館の開架には、最初に見た本の他に、地元の歴史に関する資料が二冊あった。念のため目を通してみたが、予想通り、というべきか、『四つの村が合併した』という私の記憶を裏づける記述は見当たらなかった。

 ロイヒトトゥルムのノートを開いてメモを取りながら、頭の中を整理する。

 私の記憶では、『この町は、昭和三十年代にが合併して誕生した』と、小学生の時に教わった……はずだ。

 しかし、古い郷土史の本には『が合併して出来た』と記述されていて、本にっている古い航空写真にも、現代のグーグル・マップの航空写真にも、かつて村があった場所(私がそう思い込んでいる場所)には、鬱蒼とした森が写っているだけだった。

(要するに、俺の記憶ちがい、って訳か?)

 さすがに、自分の記憶の方が正しくて、グーグルや郷土史の方が間違っているなどと考える気にはならなかった。

(それじゃあ、妄想に取り憑かれた危ない男になってしまうからな)

 そう思った直後、その自分自身の考えにゾッとした。

(まさか……飲み屋でチンピラに殴られた後遺症じゃないだろうな? 頭の回路の何処どこかが決定的に狂ってしまって……)

 医者は『脳波にも、MRIにも異常は見当たらない』と言っていたが……

 その時、館内にチャイムの音が響いた。

 時計を見ると正午だった。

 これ以上、閲覧席のパイプ椅子に座ってグルグル考えていてもらちが開かない。

 私は本を棚に戻し、図書館を後にした。


 * * *


 定食屋と居酒屋を兼ねたような小さな食堂で、野菜炒め定食を食べた。

 私以外の客は皆二十代から三十代前半くらいまでの男たちだった。知っている人間は一人も居ない。

 働いているのは夫婦らしい男女で、こちらも三十歳くらい……やはり見覚えは無い。

(代替わりしたのか……知り合いばかりの小さな町だと思っていたが、俺が東京に居る間に、この町の世代が次に移った訳だ。もう俺が知っている故郷じゃないのかも知れんな)

 この町を出てもうすぐ四十年だから、それも当然だ、と思う。

 飯を食いながら、これからどうするか考える。

読原よみはら百合子ゆりこの件と、俺自身の記憶違いの件、気になる事が二つ出来てしまったが……まずは読原だ)

 何とかして、手がかりを掴めないだろうか?

 知り合いに片っ端から聞いてみるか?

 いやいや、それこそせまい町だ。あっという間に噂になってしまう。

 小学校に行って、卒業生名簿なりを見せてもらうか?

 私自身が卒業生なのだから、言えば見せてくれるのではないだろうか?

 しかし個人情報管理に厳しい昨今、そう簡単に事が運ぶかどうか。

 第一、彼女の小学校時代の住所なり電話番号が分かったところで、そこから先どうすれば良いというのか?

 実家へ押しかけて行って、彼女の親に「娘さんは今どこに居ますか? 初恋の人に会いたいんです」とでも言うのか?

 そもそも彼女の両親が今も生きている保証だって無い。

 小学校の卒業アルバムを見れば何か分かるかもしれないとも思ったが、あいにく私自身の卒業アルバムは、兄が実家を新築した時のゴタゴタで紛失くなっていた。

(やはり、松沢に頼んで色々調べてもらうしかないか……まったく、五十二歳にもなるというのに、我ながら行き当たりばったりな事よ)

 自分の計画性の無さに、ほとほと嫌気が差した。

 同級生だった松沢とは、今夜、飲み屋で会う約束をしている。それまで読原百合子の件は一旦にして、昼のあいだ何をして過ごすべきかと考える。

 やはり、私の記憶の中にだけ存在するあの村のことが気になった。

 定食屋を出て、近くに路駐させてあったミライースに戻り、アイパッドに地図を表示させ、さっき私自身が電子ペンで囲った『村があるべき場所』の位置を確認をした。

 それを自分の頭に憶え込ませてアイパッドを助手席のシートの上に置き、車を発進させた。

 小さな町だし、故郷だから多少の土地勘はある。

 ナビの世話にならずとも、まず、迷うことはないだろうと思った。

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