6.

 松沢との電話を切って、さて風呂にでも入ろうかと、スーツケースからタオルを出して風呂場へ向かった。

 小さな民宿だが、ちゃんと風呂場は男女に分かれている。

『女湯』と書かれた引き戸を開けて、誰かが廊下に出てきた。

 少し驚いてしまった。

 ショートカットの髪の毛を、鮮やかな青色に染めた少女だった。

 着ているのは灰色のスゥェット上下。

 年の頃は、十六、七くらい……高校生か。

 髪の毛が青色だからといって、もちろん、宇宙から来た異星人の少女などという事はなく……顔を見れば眉毛も瞳も黒々とした、コテコテの日本人だった。

 切れ長の目が涼しげな、なかなかに端正な顔立ちの少女だ。

 廊下でれ違ったときに少女が会釈をしたので、私も軽く会釈を返した。

『男湯』と書かれた引き戸を開けると、脱衣所は『家庭用としては充分に広いが、公衆浴場としては狭い』という、民宿や個人経営の旅館に有りがちな大きさで、奥にある浴場も、まあ、そんなような広さだった。

 浴槽も洗い場も、父親と小学生の息子が入るぶんには問題ないが、大人二人が同時に入ったら何となく気まずくなる様な、その程度の大きさだ。

 幸い、他の宿泊客は入浴しておらず、一人で浸かるなら充分以上の大きさがある湯船を独占できた。

 洗い場で髪と体をゴシゴシ洗ってシャワーで流し、やや熱めの湯に体を沈める。

 さっき擦れ違った少女の顔が頭に浮かんだ。

「髪の毛をビビッド・ブルーに染めた女の子、か……高校生くらいに見えたけど……パンク・バンドでもやっているのかな? それともアニメのコスプレイヤーってやつか」

 仮に、表の駐車場にまっていたハイエースかカローラのどちらかで来たのだとすると、その二台の車が田舎廻りの営業車という私の見立ては間違っていたのかも知れない。

「しかし、家族と一緒であれ何であれ、高校生が平日に泊まりがけでこんな山奥の町に来るとは思えないが……」

 地元の高校生か?

 いや、そんな感じでもなかった。どことなく都会風の垢抜けた雰囲気があった。

 第一、こんな小さな町で髪を真っ青に染めでもしたら、あっという間に有名人、下手をすれば村八分だ。

「山奥の田舎町に、青い髪の少女……か」偏見は良くないと思ったが、しかし奇妙な組み合わせという印象はぬぐえなかった。

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