5.

 民宿の建物と道路の間は宿泊客用の駐車場になっていて、私が運転して来たレンタカーの他に、ワンボックスとステーションワゴンが一台ずつ停まっていた。

「ハイエースに、カローラ ・ツーリングか」

 ハイエースの車体色はメタリック・グレー。

 カローラ ・ツーリングの方は、やや青味がかったメタリック・グレー色だ。

 チェックインした時にも、実家へ行く時にも、駐車場には私の車だけだったから、実家で夕食をご馳走になっている間にやって来た客だろう。

「ハイキング客か……いや、地味な色のハイエースとカローラって事は、泊まりがけの営業マンか……こんな辺鄙へんぴな田舎町まで、御苦労な事だ」

 部屋に入って、東京の妻に安着の電話を入れ、それから松沢という男に電話をかけた。

 松沢は、私と同い年齢どしの男で、幼稚園から小・中、さらに高校まで同じ学校に通った仲だ。

 高校卒業後、私は東京の私立大学に入学し、そのまま東京に根を下ろす形で就職、数年たって会社を辞めフリーランスになった後も、別の街に引っ越そうなどとは考えなかった。

 一方、松沢のほうは高校を卒業すると県内の大学に入り、卒業後、故郷に帰って公務員になった。

 大学に入って以降はほとんど会う機会もなかったが、私が実家へ帰った時や、逆に彼が東京に出張した時などに何度か酒を酌み交わした。

 地元に戻った松沢なら、読原よみはら百合子ゆりこの消息について何か知っているかも知れない……そんな風に、漠然と思った。

 型どおりの挨拶を済ませた後、同級生だった美少女についていてみた。

「よみはら……何だって?」電話口の松沢が、困惑したような声でき返してきた。

「読原百合子だよ……よ・み・は・ら・ゆ・り・こ」

「そんな女子、居たっけ?」

「居たさ。手足のスラッと伸びた女の子……すごい美少女で、胸のあたりまで髪を伸ばしていて……」

「いや居なかったよ、そんなやつ」

「居たよ。確かに居たって」

「どっか別の場所で会った女の子を、同級生だったって勘違いしてるんじゃないのか?」

「確かに俺らの小学校に居た。同級生だった」

 これ以上、水かけ論の押し問答を続けても仕方が無いと思ったのか、松沢は話題を変えた。「最近、怪我をしたんだってな? 風の噂に聞いた」

「ああ……まあ、最近って言っても三ヶ月前だけど」

「経過は、どうなんだ? 酒は? 医者に止められたりしてるのか?」

「もう完治したよ。酒も問題ない。たった今も実家で兄貴と飲んで来たところだ」

「じゃあ、どうだ? 明日の夜にでも一緒に飲まないか?」

「ああ」

「〈杉のれん〉で良いか?」松沢が、町にある小さな居酒屋の名を言った。

「分かった」

 それから待ち合わせ時間を決めて、電話を切った。

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