第七十三話 ひだる神


 山中で突然空腹に襲われ動けなくなることがある。西日本のある地方では『ひだる神』『ひだる餓鬼』と言うらしい。


 火山性ガスの影響という説もあるが、こんな話がある。



 ある自然環境調査員が山の状態の確認に赴いた。

 山は徒歩で越えられる低山……。鬱蒼とした山という訳ではなく、時折トレッキングに利用される様な場所だった。


 そんな山の中で自然状態を地図に記しつつ移動していた調査員は、突如空腹感に襲われる。

 時間が経過するにつれ震えが起こり歩くことも儘ならなくなった調査員は、ふと重くなった足元を見た……。


 そこに居たのは『餓鬼』と形容するのが相応しい姿……それが二体、足を掴んでいるのだ。


 調査員はバックから握り飯を取り出すと、一つを自分が、もう一つを森の中に放り投げた。


 すると『餓鬼』は握り飯を追って森の中へと姿を消したのである……。


 空腹感が落ち着いた調査員の足元には、人骨の一部が露出していた。


 ひだる神に憑かれた人の成れの果てか、または死してひだる神になったかは分からない。

 自然調査員はただ黙って手を合わせたという。



 後にその場所には、注意喚起の看板と慰霊碑が建てられたそうだ……。


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