第四十六話 御経


 ドライブ好きな男が連休を利用して東北に遊びに行った帰り道のこと。



 街頭も殆どない黄昏時の山道を車で走っていると、何処から微かに人の声らしきものが聴こえる。

 走る車内で聴こえるならばラジオかと確認するが、電源は切れたままだった。


 カーナビやテレビなどは付いていないので残る可能性は電話……着信や通話を確認する為路肩に停車し電話を見るが、やはり着信などの形跡はない。


 しかし、男はここで違和感に気付く……。



 微かに聴こえていた声は、まだ続いていたのだ。そしてその声は少しづつ近付いて来ている。


 何事かと窓を開けたその時──声の正体に気付いた男は慌てて車を発進。危険は承知だったが、事故を起こさないギリギリの速度で急ぎ山道を下った。



 山道を抜けた男は街の灯りを求め更に車を走らせると、まだ開いていたショッピングモールを見付ける。そこで人心地ついた男は、先程の出来事を思い返した。



 山道で聴こえていたのは読経……しかも車を停車していたあの時に聴こえたのは、一人ではなく大勢の人間の『声明』だった。

 それだけでも気味が悪かったのだが、男が慌てて逃げた理由は別にある。



 あの時、男はミラー越しに見てしまったのだ。薄暗い中を二十人程の僧侶が列を組み近寄ってくる姿を……。


 僧侶達のその姿は、近づくに連れ一目で生ある者ではないと判る程の怪我をしていた。

 首や腕があらぬ方向に曲がり、顔の肉も削げ落ちている僧侶達……それが滑るように近付いて来た。男は恐怖を感じ逃げ出したのである。



 ショッピングモール内で人の姿を確認し落ち着いた男は、車内に大音量の音楽を流して帰路に就いた。

 途中では何事もなかったが、男は決してミラーを見ることはしなかった。



 後にその山を調べてみたものの、何も情報は見付からない。寺も僧侶も、お経も、幽霊の噂も無かったのである。


 しかし……それは逆に“どこででも出会す可能性”を意味している。



 男はしばらくの間ドライブを控えたが、今はまた以前と同じ様に車を走らせている……。

 但し、暗くなる前には帰宅する癖が付いた様だ。


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