ありがとうをイルカに乗せて

「白い日」または「ありがとうを伝える日」或いは「バレンタインデーのお返しをする日」…という、

でっかい日がパークにはある。世はそれをホワイトデーと呼ぶそうだが、そんな日の前日の朝方に、


俺…エゾヒグマは、りうきうちほーの海が見えるキッチンに立っていた。


事の顛末はこうである。

まず俺は、バレンタインデーに器がでっかい事に定評のあるアフリカニシキヘビから「アナタはこういうのが好きなんでしょう?」と包装の凝った手作りのでかいチョコレートを貰った。食べるとどろりとした甘みがあってこれまで食ってきたチョコの中でも格別に美味かった。偶然だろうが、俺の好みど真ん中の味だ。

味も相当だが、一日二日ではなし得ないでっかい拘りが詰まっていたようにも思う。こんな上手いチョコを作れるのなら、アフリカニシキヘビのチョコは格別に美味いとパーク中で噂になってもいいものだが、俺の知る限りでは一切そんな噂は聞こえてこなかった。俺なんかにチョコをくれるくらいだ、たくさんのフレンズにあげてるんだろうし、それくらいあってもおかしくないんだがな、


そんなチョコの評判はともかく、そんなでかいチョコを受け取ってしまったなら相応のでかい気持ちで返さなければならないと俺は思った。


しかし困った事に俺は料理ができない!

かと言って、コディアックやカムチャッカに作ってもらう訳にもいかない。(作れるかどうかは知らないが)勿論ピーチパンサーの店で買うなんてのもナシだ。でかい気持ちは俺自身の手で表現するものだし、なによりアフリカニシキヘビはわざわざ俺のために手作りチョコを用意してくれたのにそれに対して誰かが作ったお返しですはいどうぞなんて俺にはできない。なので俺の知る限り最もでかいフレンズで、料理も上手いシロナガスクジラにクッキーの作り方を教えてもらう事になった。というのが、おおよそのあらすじだ。


「エゾヒグマー、

さっきから誰と喋ってるのー?」

後ろからマイルカが不思議そうに呟いた。

「あっ、いや、頭の整理をな」

「ふーん?」

シロナガスクジラは少し遅れて到着するそうで、今はその言伝をしてくれたマイルカと

一緒に彼女を待っている。なんでも俺のために必要な調理器具を幾つかパークスタッフから借りてきてくれるらしい。


「全部任せてしまってすまないな」

「おかーさん、気にしないでいいって言ったし、

大丈夫だよ!」

「うんうん、シロナガスクジラ、やはりでっかいやつだ」

「おかーさん、おっきいもんね!」

「ああ、このでっかい海に囲まれて育つと

心も体もでっかくなるんだろう」


「しかしここは色んな匂いがするなぁ。」

俺は首をキョロキョロ動かし、周りの情報を匂いから読み取りながらそう言った。

「そう?どんな匂い?」

マイルカは疑問符を頭に浮かべて尋ねる。

「色んな料理の匂いだ。ジャパまんとは違う…海の匂いもするが、それより甘い匂いとか、木の実の匂いとか。海じゃ珍しい匂いだ。ここでたくさんの料理が作られてきたんだろうな。」

「うん!前は探検隊ののみんなと料理を作ったの!」

「それでか、何人かフレンズの匂いもする」

そんな会話もそこそこに、キッチンから見える海の景色を眺めていると、壁に立てかけていた熊手がバランスを崩して倒れた。


「おっ?」

「おかーさんが来たよ!」

マイルカの言うおかーさんとはシロナガスクジラの事だ。マイルカが海を指さすと、そこには波がたっており、目を凝らすと奥から大きな袋を担いで泳いでくるシロナガスクジラが見えた。

彼女は俺から見て遠くにいるので勿論小さく見えるが、それでも

「でっけ​───」と、こぼしてしまった。

…俺は言葉を失うと、それしか出てこなくなるらしい。こころなしか、地面も揺れているように思う。熊手が倒れたのはこのせいか、


シロナガスクジラが海から全身を表すと、でっかい体躯とその中でもひときわ目を引くしっぽが姿を見せた。思わず会釈すると、シロナガスクジラも俺の姿を認め、微笑みかけた。「おまたせしました。」と、彼女は優しく言ってくれたが、ここだけの話、俺は彼女の持つでっかいオーラに惹き付けられていて、そんな言葉は耳に入ってこなかった。


シロナガスクジラが用意してくれたのは、星やハートの形をした金属の型番、電源代わりのラッキービースト、そして中が空洞になっている電気箱電子レンジ、その他諸々だ。


折角なのでマイルカも参加する事になり、

3人でクッキーを作る事になった。

ボウルに器具をひとしきり並べ

シロナガスクジラが卵をふたつ

俺に握らせる。

「それじゃあ、はじめていきましょう。

クッキーでしたよね」

「ああ、よろしくお願い…えーと、

よろしく頼むよ」

「緊張しなくてもいいんですよ。」

なんて言われた、俺の心は筒抜けだ。


こうしてりうきうクッキングが始まったのだが「料理を教えるのが上手い」というのは物凄いことだ。料理のりの字も知らない俺が、シロナガスクジラの言われた通りにかき混ぜるとか、卵と粉を混ぜてほぐすとか

あれこれやっているだけで、気がつけばコンセントの伸びた電気箱電子レンジから美味しそうな匂いが漂ってきているのだから、


まあ、卵を割るのだけはどうしても上手くいかなくてマイルカに代わりにやってもらったんだが、これだけは許して欲しい。力加減が難しかったんだ。


「わっふーーい!!」

そんかマイルカの声でクッキングはピリオドを打ち、

無事クッキーは完成した。

コディアックヒグマから貰った小さな木箱にクッキーを入るだけ入れ、俺の頭に巻いてるものと同じ桃色の紐を包装に使った。でっかいアイツには少し小ぶりかもしれないが、これが今の俺に出来る精一杯だ。




「バレンタインのお返し?」

「ああ、でっかいチョコをもらったからな、でっかい手作りのお返しだ。」

「そんなの気にしなくていいのにねぇ、

あら…」

「どうした?」

「いや、貴方にしては小さいなと思って、それにこのクッキー…イルカの形?」

「ああ!イルカだ!クジラもあるぞ!」

「…どうして?」

「これにはでっかいわけがあってなぁ」

そんなホワイトデーが来る。

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