憧れたってロンリネス

ミナミコアリクイはその晩、少しだけ賭けに出た。普段はふたつだけ食べている桃色のジャパまん、それを今日はみっつ手に取ったのだ。胃袋がいつもより寂しがっていたから、少しだけ素直になってみたのだ。


それに起因するものとして、アリクイ仲間のオオアリクイの美食談を聞いて、食欲が湧いていたのもあった。食を追い求める、そんな彼女の食べっぷりに、少し憧れがあった。


ミナミコアリクイがジャパリパークにフレンズとして生まれてから、この

「ジャパまん3つ食べちゃうぞチャレンジ」

(ミナミコアリクイ命名)

に挑戦するのは2回目であった。


初めはインドゾウが1回の食事にジャパまんをみっつ食べることを知ったミナミコアリクイがそれなら自分も挑戦してみようと思い立ったのがきっかけであり、結果は失敗だ。



ミナミコアリクイは、これまでにも他のフレンズに憧れることがよくあった。

ある日は、白い髪と黒い翼を持つ大型猛禽のフレンズ、ハクトウワシの持つ正義の心に憧れ、またある日は真っ黒な毛並みを持つ一撃信者、ブラックジャガーに憧れた事もあった。ブラックジャガーはミナミコアリクイが今まで出会ってきたフレンズの中でも特段に力持ちで、格好よくて、何より強いのだ。


ミナミコアリクイは右手のジャパまんをいざ食べようと大口を開けると、齧り付く前にまた口を閉じてしまった。


ミナミコアリクイはヒスヒスと鼻を動かした。すぐ側の草がガサガサと揺れる音がした。


木々の影から、青いセルリアンがぬらりと顔を出す。

球体のような体に、大きなひとつ目が付いている。赤い体。そしてかなり大きい。


パッと見でミナミコアリクイが得ることが出来たセルリアンの情報はそれくらいだった。


応戦しようとしたが、両腕が塞がっているものだから腕を振り回すことも出来ず、


せめてもの抵抗として、

両手を大きく広げて「今ご飯だから邪魔しないでのポーズ」を披露したが、まるで効果が無く、やむなしでみっつのジャパまんを両腕に抱えて、辺りを警戒しながらセルリアンから逃げるように走り出した。


そんなミナミコアリクイには、親友のマレーバクやブラックジャガーにもにも秘密のお気に入りのスポットがある。


それを見つけた日も今日のような雲ひとつない綺麗な夜だった。たまたま夜の散歩をしていた時の事、1匹の若い羽蟻を見つけた。

けものだった頃には何食わぬ顔で口の中に放り込んでいたそれは眺めているうちに土に穴を掘り始め、巣を作っていた。


ミナミコアリクイ自身も、それに興味を持って、まじまじと凝視していた。


それからしばらく日がたって、また来てみると、穴はお日様の光が届かないほど深いところまで伸びていって、それからさらに暫くするとそこから別の蟻が出てくるようになった。


羽蟻おうちを作ったのだ。

そして家族を作ったのだ。


そんなことがあったので、今その場所は

ミナミコアリクイにとってのお気に入りスポットになっている。


その穴の隣にはそこそこの大きさの木が何本か生えていて、木の根の土をよく見てみればミミズだダンゴムシだの昆虫が沸き立っている。オマケに昼には雨が降っていたから、地面は幾分か湿っていた。


ミナミコアリクイはその中でも比較的土がかわいている所に座り込み、例の巣穴に目を向けた。


前に来た時と何ら変わらない。

まさにアリ1匹通るためだけの穴が、月の光を遮って真っ黒に続いている。

だがその奥は無限の広がりを見せていることを、ミナミコアリクイは知っていた。


気を取り直して、ミナミコアリクイは右手のジャパまんを口に運び、歯で分離させて、ゆっくりと咀嚼した。


ミナミコアリクイはもともと長い舌でアリの巣からアリを引きずり出して食べる動物だ。

フレンズ化してもその癖は抜けず、

口に含んだ分を嚥下した後、舌を出し、齧られたジャパまんの中身に入れて、舐めまわすように舌で掻き回してからジャパまんの内部をこそげとるようにして食べる。

だから、ミナミコアリクイの食事はやたら時間がかかる。


オオアリクイはヒトの食べ方を踏襲しているらしかったが、ミナミコアリクイとしてはこうやって食べる方が落ち着くのだ。

と、自らに言い聞かせた。





「げぇぇぇっぷ…」

結論から言うと、ミナミコアリクイはふたつが限界だった。


みっつめのジャパまんをひと口齧ったところでミナミコアリクイは急に顔をしかめ、もう限界であることを悟った。


こうなると非常にばつが悪くて、

手元の歯型付きジャパまんをどうしようかという問題になる。


こういう時都合よく

「実は3日間何も食べていないんだ、

だから猛烈にお腹が空いちゃって、

そこの君、悪いけどそのジャパまんを分けてくれないかな?」

などという猛烈にお腹をすかせたフレンズが通りかかってくれると有難いのだがそんな奇跡が起こることもなかった。


の1本の木の幹、そこから隊列を組んで現れる働きアリを眺めながら、ミナミコアリクイは物思いにふけっていた。


ふと目をやれば、巣穴から黒い小さな生き物が穴を行ったり来たりしていることに気がついた。

働きアリだ。


ミナミコアリクイは何となくで手に持った齧られたジャパまんをを地面に置いた。

するといなや、齧られた箇所に蟻が群がる。


ミナミコアリクイは、ただ無鉄砲に目の前の餌に飛び付く働きアリの様に、恐れることも、恥じる事も無く生きていたのなら、私はどうなっていたのだろうかと考えた。


ミナミコアリクイは蟻がどう言った生き物か見た目ほどに知らない。

ただ今彼等はそういう風にうつっていいた。


道路に捨てられたアイスクリームの様に目の前で小さくなっていくジャパまんの切れ端は、まるで中途半端な今の自分そのものであるように感じた。


沢山のものに憧れて、惹かれて、

結局その中の何者にもなれなくて、

少しづつ歪になっていくような、

そういった感覚が沸き上がる。


ただ何度か憧れて、ただ何度かの失敗をしてきただけだというのに変に頭が冴える。

こういうのを自己嫌悪と言うらしい。


ミナミコアリクイはただ虚ろげに、すり減っていくジャパまんを眺めていた。





いずれ、そこから数十分経って、ミナミコアリクイが手放したジャパまんは影も残さず無くなっていた。


ミナミコアリクイは影の消えた泥色の土に座り込みながら、風を浴びて、夜を感じていた。ただただ穴に吸い込まれていく蟻の軌跡を眺めていた。


少ししてすくっと立ち上がり、もう少し憧れてみようと思った。


例え私が何者であっても、夜は来る

私が何に憧れても、いずれ朝は来る。


…とか、洒落たことを考えながら

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