けものであれ

ジャパリパークの一角、雪山のそびえ、セルリアンのひしめく地帯で、我にひとりの友達ができた。


その日はいつもより吹雪いていた。我はいつものように雪を被った木々の並ぶ森の中で百セルリアン組手に勤しんでいた。丁度セルリアンを全て突き飛ばし、汗を拭いていた所にいつものセルリアンとは違った人影が現れた。


この森を抜けて少し歩いたところに小屋がある、パークスタッフやフレンズ達の避難場所になっていたりする。そこにパークスタッフが滞在していることは珍しくも無いので、恐らくはロッジに行こうとして迷ってしまったのだろうと思い、「そこのもの、出てくるがいい」と、声をかけた。


今思うと、やや威圧的だったかもしれない。


そう声をかけたが反応が無かったので、少しだけ踏み込んでみた。ヒトの匂いがしたのでそこから1番近い木の裏を覗いてみると、

彼女は目を合わせようともせず震えていた。


…百セルリアン組手の真っ最中だったのだ、野生解放していたし少しばかり殺気立っていたのはあるかもしれない。だからとはいえあそこまで怯えられては我も少し悲しい。


まあ、目が会い、彼女の顔を見た瞬間にやや悲観したのだが、彼女の腹が高らかに鳴り響いたので、そんな感情も消し飛んでしまったのが実の所である。


「んありがとうございますッッッ!!!

いやもうほんとみひがわからふてどうやってかえろふかこまりきっへいはほほろへ」

とりあえず蓄えておいたジャパまんを用意すると、わかやすく喜び、

お礼を言いながら食べだした。

「食べるのか喋るのか

どっちかにしたらどうだ?」

「ははひはひた!」


ゴクリ、と彼女は口いっぱいにジャパまんを頬張った後、上を向いて嚥下した。

咽頭から食べ物が胃に運ばれていくのを喉の形から推測できた。それ程に、いや、不覚であるが…噛み付いてしまいたいほどに綺麗な喉の形をしていた。


「本当にありがとうございました!!」

食事が終わると、改めて彼女は頭を下げた。

「手遅れにならなくて良かった、…と、自己紹介が遅れたな、我は…」

「ホワイトタイガーさんですよね!」

「…!知っているのか」

「はい!パークのフレンズさんの事ならなんだって!……勉強しましたから!」

「…へえ」


それから彼女は、自分の身の上について話してくれた。自分がパークの新人職員であること、フィールドワークを終えて小屋に戻ろうとしたら急に吹雪が吹いてきて戻るに戻れなくなった事、同行させていた通信用のラッキービーストと離れ離れになった事。そしてご多分にもれず無線機が故障したこと。動物の中ではネコ科の動物が好きな事。

どうりでやたら体を触ってくるわけだ。


「因みにこの状況の事をヒトは踏んだり蹴ったりって言います」

「へえ、物知りなんだな」

「それほどでも!私学校では雑学博士と呼ばれていたんですよ」

「学校か…懐かしいな」

「あら、ホワイトタイガーさんも学校に行ったことがあるんですか?」

「ああ、だいぶん前になる、隊長先生というのがいてな、色々なことを教えてくれたんだ。雪山で服を濡らしちゃいけないとか」

「へ〜え…そんな事があったんですか」

「ああ、それに色んなフレンズがいた、

アレは楽しかったな」


それから暫く、彼女と思い出話に花を咲かせた。なんでも彼女が言うにはこうやって話す事を「花を咲かせる」というらしい。

早速使ってみたが、意味合いは正しいの

だろうか。


彼女に話す事は沢山あった。タスマニアデビルの事、白いセルリアンの事、ホワイトライオンと一緒に料理を食べに行ったこと、ビャッコと組手を行った事、色んなこと、色んなことを話した。


彼女も話したいことは沢山あったらしい、

パーク職員になるまでの事、

なってからの事、

やりたいこと、自分の夢、

ネコ科の素晴らしさを我に説いてくれた。

おかげで少し自信がついた。


「ぶあっくしょい!!」

楽しかった話は、彼女のくしゃみでピリオドを打つことになった。太陽が沈み、夜になったのだ。気温はこれよりどんどん下がっていくだろう。彼女の服も吹雪に見舞われたおかげで濡れ放題。おまけに未だ吹雪は止む気配を見せない。


「いい洞窟がある。今晩はそこでしのごう」

我がそう言い、彼女を誘導した。

洞窟の中なら風をしのげる。少なくともここよりは暖かいはずだ。


「ぶえっくしょい!」

数えてみると、今のが彼女の本日十六回目のくしゃみになる。体はブルブルと小刻みに震えていた。


「おお、良さげな洞窟ですねえ」

彼女は洞窟を一目見るなりそう言った。

多少土や石があっても気にはしなさそうだ。

「…服を脱いだ方がいい」

我はそう言い、彼女に服を脱ぐように迫った。服は濡れてしまっている。そのまま着ていても、体温を奪われるだけだ、と彼女に忠告した。


彼女は嫌です恥ずかしいですとこれを拒否したが、このままでは死んでしまうぞと言い聞かせると、渋々ながら受け入れた。


一糸まとわぬ姿、と言うやつである。

下はなんとか濡れずに住んだ衣服もあったが、上は文句の付けようもない浸水状態だ。

「………………!」

「どうした?」

「い…いや、なんかもう暖かくなってきちゃった…?」

と、彼女は歯をガタガタ揺らしながら言う。

普通に寒そうだが、ここで我に天啓が舞い降りた。


「そうだ!」

「おおっ!なにかひらめきが!?」

「隊長先生から教わったことなんだが、雪山で遭難した時は服を脱いで抱きしめ合うといいらしいんだ!やってみよう!」

「……………………………………………………………えっ、


いいんですか!?ホントにそれやっちゃっていいんですか!!?」

「何を今更、我は隊長を信じるぞ!」

「その隊長って人ホントはド変態なんじゃなぁ…」


彼女は何か言っていたが我は気にせず服を脱ぎ始めた。が、ここで問題発生である


「…すまない」

「どうしました?やっぱりやめとこうとか?」

「服ってどうやって脱げばいいんだ?」

「……」


彼女は、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。


「えー、その、ほんとにいいんですよね?」

「ああ」

「…………バンザイしてください。

あと、私の顔見ないでください、

……なんか、申し訳なくて」

「申し訳ない?どうしてだ?」

「ホワイトタイガーさんが私の為にここまでしてくれてるのに私はまだ変な事考えちゃって、職員、向いてないかもしれません」

「……そんなことは無いさ、断じてない」

「………」

「根拠は無いが…我が認めよう!」

「ありがって…ないんかい!」

そう言って彼女は乾いたように笑った。


振り切った彼女の手際は見事だった。

「はい、足上げて」

初めは上着、その次はスカートだった。

我の何枚も着重ねられていた白い毛皮は1枚づつ剥がされていき、身が軽くなる。彼女が胸を止めていたブラジャーという毛皮を後ろから外すと、たるんと乳房が垂れた。

「じゃあ下も…スカートと一緒、足上げてくれる?」

「わかった」

我が右足を上げる。

そして彼女が、股に食いこんだ布をゆっくりと下ろす。

「へえ…ここも白いんだ、えっ、あっ、

私何言ってんだろ、ごめん、ホワイトタイガー、下は…流石にやめとこうか」

「どうして?」

「いやその…勢いでやってたけどさ?流石にダメな気がしてきたんだよ、色々と」

「うむ、確かに少し肌寒いな…これで十分」


フレンズとは、動物がヒトになったものだと聞かされた事がある。


今実際我の体は髪と手先と足先、股の部分以外は、目の前のヒトと同じ、淡い肌色の姿をしていた。


我は彼女と共に洞穴に横になり、抱き合った。脱いだ我の服を上から被せ、熱を逃がさないようにした。


肌と肌が密接に重なり合うと。ピタリとくっついてしまいそうな快感を覚える。そのくせ心臓の鼓動が響き合うようで、不思議と暖かい。我はそれが不思議と幸せに思えて、程々に、やりすぎてしまわないように少しだけギュッと彼女の小さく華奢な体を力を入れて握りしめた。彼女もそれに合わせてより力強く握りしめてきた。

我がふと目をやると、彼女の顔は真っ赤だった。

「………たなぼた」

彼女は寝言か、小声でそう言った。

「…それはどういう意味だ?」

「…秘密です」

その言葉が我の聞いた最後の言葉だった。我は瞼を下ろし、

ゆっくり夢の世界へ踏み入った。


「……ホワイトタイガーさん、

「胡蝶の夢」って知ってますか?

直ぐに覚めてしまう、小さな夢、

儚い夢、私はもう行かなくてはいけないんです、本当は私がフレンズさんとこんな事してはいけないんです、駄目なんです、…

でも……嬉しかったです。

本当に…


だから、ありがとう。

自分勝手かもしれないけど、ごめんね」




朝は来た。吹雪は止んでいた。

ただ死ぬ事も、犯されることも無く、

悠然とした朝が来た。


何かが洞窟から出ていってしまう足音で我は目を覚ました。そこには誰もいなかった。

洞窟には我一人しかいなかった。

口の中には、少しドロリとした味がした。

爪の先は、少しだけ赤く染まっていた。

昨夜彼女に脱がされたはずの服は、綺麗とはいかないまでも整えられ、着せられ、同じような姿に戻っていた。


覚えはある。だが

我は幻を見ていたかのような気分になった。見ていたのはひとときの蜃気楼か、

それとも…


「胡蝶の夢か」

我は、夢の中で聞いたような単語を呟いた。

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