第7話 むしゃくしゃしてやった。後悔はしていないがヤバいとは思ってる
むしゃくしゃしてこの国に見切りをつけた。
そうと決めればやっておかねばならないことがある。ちょうど今は最終学年であるから今年学ぶことは教科書にすべて載ってはいる。一人で予習して先生に教えをこい、偉いなと褒めてもらってうへへへって喜びつつ一年分の学習をなんとか終えた。すごいがんばった私。
そして学園長が学園長室を出て行ったすきに忍び込み、退学願いを置いてきた。
私は孤児だ。だから迷惑がかかる家族はいない。
孤児院にはかかるかもしれないけど、国家経営だから関係ないと思う。関係ないようにしてって退学届と一緒に置いてきた手紙に書いたし。
私はあまりに魔力が多く頭も優秀だから、頭いい学園にとりたてて入れてもらったのだけど、これからすることは見方によっては恩を仇で返したと言われることになるのが申し訳ない。
近頃はやりのぷらいばしーを大事にするという教育方針のためにテストの成績が張り出されるとかいうこともないので、私はこんなにすごいのにみんなに知られた優等生ではない。
だから平民あがりの生徒として人々の記憶にあるのは、あの女子生徒であって私ではない。そこもちょっとむかつき。
まぁそれは千歩いや億歩ゆずって許してあげるわ。私優しいから。
でもね、私、優しいから、むしゃくしゃするのよねああいうの見ていると。
あれが次期国王だって?
ハッ。この国終わったね。
「平民上がりはやっぱあかん」という認識が広まることで巻き込まれるだろう未来の優秀な子供たちには申し訳ないと思うけど、私がこれからやっちまわなくてももう一人の平民あがりの生徒のせいで結果は同じ事になるだろうから気にしない。もはや手遅れである。
というかいまだ手を打っていないというこの国の対処の遅さにも失望だよ。まったく。無能か。私にやらせろ。
さて到着だ。
私は日頃のうっぷんがついに晴らせることにニヤリとしながら食堂の扉を開けた。
「ほらリズナ、私のケーキもわけてあげるよ」
「わぁ! ありがとうオーファン様」
「オーファン、と呼んでと言ったのに」
「だって。呼び捨てなんて恥ずかしいんだもの」
「ふふ。可愛い人だ。ほら、口を開けて?」
「えへへ。あーん」
「リズナ! 殿下ばかりずるいよ。僕もあーんする。ほら、これ食べて?」
「もう、アルフったら。はい、あーん」
「リズナ。俺も」
食堂に入ったとたん聞こえてきたこのやりとり。
むかつき。
え、男にちやほやされててうらやましがって嫉妬してるのかだって? ばぁか、ちがぁし。
他人がいちゃこらしてるのを見てによによ見守る悪趣味はあっても、嫉妬するほどの関心はないわ。
私がこれにムカつくのはね、この殿下と呼ばれたオーファン王太子、王太子だよ? 未来の王様である王太子が、自分の婚約者をそっちのけで他の女にこんなことして、婚約者の美少女を泣かせているからだよ! あーむっしゃくしゃする!
なにこのくず。これが未来の王だと? 法の頂点だと? 他の男子たちと一緒になってぶりっこ女の手玉にとられている男が未来の王だと!?
この国終わったな。
傾国の美女がこの程度のぶりっこだなんて夢がなさすぎるのもなんかむかつき。
どうせならもっとこう妖艶でうふんな感じできらきらしてて這いつくばって許しを請いたくなるようなそういう美女がいい。それならなんか許しちゃう。そのくらいすんごい美女なら、こりゃしゃーねーわなって思っちゃうけどこんな安っぽいぶりっこが傾国の美女なんて、ああああ、夢がなさ過ぎる。許さん。
時は来た。
私は初志貫徹する。
「殿下」
騒音の発生源である平民上がりの女生徒1人と、高位貴族の男性4人と王太子殿下が座る席まで来る。
他の生徒はもとより殿下達を遠巻きにしてひそひそしていたので私がとっても目立っている。私の声で、しんと食堂が静まりかえった。騒音ぶりっこ女も静かになるとか珍しいな。
金髪が振り返って美しいブルーサファイアの瞳をもつ王太子殿下のご尊顔が見えた。ご尊顔とかいうのもいやだな。しかし美形だ。なぜ中身がともなわないのか。悲しい現実がここにも。
私は右手をふりかぶる。手を思いっきりパーにして、そのおきれいな白い頬に向かって振り抜いた。
バチン。と音が響く。
「なっ!」
声を上げたのはぶりっこの取り巻きにいる騎士の男で、殿下は呆然と叩かれて横を向いたまま固まっている。
まだむしゃくしゃする。
「なにをする! がっ!?」
騎士の男が私を取り押さえようと立ち上がったので、素速く魔法陣を展開して体を縛って動きを止める。
左頬が赤くなってきた顔をつかんで、くいっとこっちに向き直させた。
右手でそのお綺麗な顔をおさえつつ、左手をふりかぶる。対処しようと殿下が動いた。魔法陣を展開してその体を縛る。
「うっ」
バチン。今度は王子の右頬を思いっきりやった。
まわりの生徒達は驚きすぎてか関わることを恐れてか、ひやりとした空気をかもしながら動かない。
「…………まだむかつく」
こいつが婚約者に与えた苦痛はほっぺた二発叩かれてすむものだろうか? いいや。
こいつが、正当なパートナーをないがしろにして他の異性を愛するのは普通だと振る舞っているのを見て、男性への不信感をつのらせた私の苦痛はこんなものだろうか? 王族が二股も三股も四股も普通だとすることでこの国の価値観がそれになるのではないかと恐れた気持ちはこんなもので消えるだろうか? いいや。
動けない王子の胸ぐら掴んで顔をこちらに向けさせた。動けないながらもブルーサファイアの瞳が敵意をもってにらんでくる。
静かな怒りを感じるが、その敵意を押し返すほどの怒りを込めて私もにらんだ。
「てめぇ婚約者泣かせて他の女にケツふってんじゃねぇぞくそが。くそならくそらしく地面に埋まってろ」
口が悪いって? 怒ったら口が悪くなるのは普通だわ。貴族じゃあるまいし、お上品に嫌み言う性格もしてないんだよ。
魔法陣を展開する。
王太子の姿がふっと消えた。下を見れば、食堂の床に生首のようにある殿下のおきれいな顔。体はその下の床をつき抜け、建物の基礎部分をとおり、足だけ土に埋まっていることだろう。ここ一階だから。本当は全身埋めたかったんだけど、さすがにそれだと窒息して殺人罪だし、別の場所に飛ばすと誘拐とかそれこそ殺害とか疑われるし。百歩ゆずって顔だけ床だしの生き埋め? にしたのだ。
魔法の縛りももういらなそうなのでといてやる。
「っ……! きさ、貴様、私が王太子と知っての行いか!?」
なんか言っている顔を片足でふんずけた。
「んがっ!?」
「ごちゃごちゃうるさいんだよ。この制服着てて分かってないと思うの? バカなの? 状況から判断しろよ。ぜーんぶ覚悟の上での乱暴だよ。王太子がこの程度なんてこの国に未来はないからな。どうせ死ぬなら巻き込まれて死ぬより自分からやってやる」
うるさそうなので口だけきけないように縛り上げなおした。
そのままの勢いでいちゃこらしてたやつら全員まとめて地面に埋めた。
うふふ。生首がいっぱい。
「はーすっきりした」
王太子の頭を踏みながら言ってみる。
「あの人大丈夫なの……?」
外野がなんか言ってるけどすっきりした私の耳はスルーしていて聞き取っていない。
女の頭も踏みたかったけど、私けっこうフェミニストだったみたい、女の子踏むのは躊躇しちゃうわ。なにこの抵抗感。意味不明。代わりに隣の騎士の頭を踏もうかなとも思ったんだけどまた抵抗感。なぜに。
はっそうか、王太子と違って婚約者がいないからか。なるほど。まぁ王太子と一緒になって王太子の婚約者をないがしろにしてたからやっぱ踏んどこ。ぐりぐり。
「やっちょっとぉ!」
「くそ、やめろ。覚えてろよ!」
地面がなんか鳴いてるわ〜うふふふふ。
さーてと。殺される前に逃げようか。
そろそろ騎士が来るよね。なんか足音してる気もするし。
この国が手出しできない、国交のない国か。
うん、魔獣の国に行ってみよう。なんかもふもふがもふもふで、もふもふな国らしい。生態系違いすぎて結婚とか無理そうだけどまーいいや。待っててもふもふ!
とりあえず追っ手をまくために真逆の国へ飛んでおこう。
転移魔法を発動して、私はその場を逃げ出した。
その後、王太子達が掘り起こされたり、王太子がただの王子になって婚約が保留(行いが良ければ再度婚約するが、反省がない時は白紙化)になったり、王子の婚約者が私にお礼言おうと探しはじめたり、耳の早い新聞記者によって私の行いが国中に知れ渡るや、私に共感した平民や一部貴族の、私の不敬罪を許せという声が大きくて国王陛下が頭を悩ませるようになったり、ていうか暴行罪じゃない? という小さなつぶやきがあったり、王子がドMにめざめ……ることはなくてめでたかったり、そんなことがあったようだが私は噂でしか知らない。
もふもふの国の言葉は単語が短くて理解するのが難しいけど、勢いとノリでなんとかやれてる。あともふもふにもさらふわと、もくもくと、ごふごふと、いろんなタイプがあることを私は知った。
最近のお気に入りは花の匂いがするシロちゃん。
もふもふしにきた私を、黒いかわいいお目目をしょうがないなぁという思いに染めならがら受け入れてくれるシロちゃん最高です!
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