第3話 巷で噂の婚約破棄を見た!
おお、あれが噂の婚約破棄。
王立学園の卒業パーティ。その中央で麗しの公爵令嬢様に指を突きつけ「婚約破棄だー!どうだ思い知ったかー!(意訳)」と宣言しているわが国の王子様を見て私は変に興奮した。
あれが噂の婚約破棄!
まさか王子までやるとは、まぁ想定内だけど、歴史的瞬間に立ち会ったみたいな変な喜びが湧いてくる。いいぞもっとやれ!
公爵令嬢様が「はぁあああああ」と長いため息をついていそうな口を扇で隠してから、王子の言う「公爵令嬢の悪行」の不自然さをズバズバズバズバついていく。すごいわー頭の回転はやいわー私だったらぽかーんしちゃうよ。さすが優秀と噂の公爵令嬢様。
婚約「解消」という普通な言い方ではなくあえての「破棄」という言葉で噂されるこの現象は、最近わが国どころか世界中の人間に流行っている病気……? 病気なのか? どういうべきなんだろうか。とりあえず流行病みたいに流行っているものである。
なんか「浮気したら婚約破棄(や離婚を)宣言したくなっちゃう」らしい。
そもそもの原因は妖精にある。
妖精はピュアなのだ。ピュアピュアなのだ。
浮気するならその前にちゃんと離婚しましょう。婚約者以外に好きな人ができたならちゃんと婚約破棄しましょう。でも心変わりはひどいから、情けない姿を世に晒しちゃえ!
という思考回路らしい。それがいろいろあって影響してこうなった。
私は妖精の言葉が分からないから聞いた話でしかないけど。
妖精は、この世界で人間とともに共存しているが、妖精はこの世と妖精界との間にいる存在なので基本的に物質的に触れることはできない。見えるだけ。声も聞こえるだけ。
でもこの世の自然界は妖精界と密接な関係にあるので、妖精と仲良くすれば作物はよく育つし、日照りや干ばつも防げたりする。
原理はわからないけどそういうものなのだ。妖精はとてもすごい存在なのである。超ピュアだけど。
そんな妖精はピュアなので基本的に政治に関わりはない。
政治的なむずかしい契約をしようとすると「????????」って顔をされるので人間はみんな諦めた。
無断で契約して妖精に迷惑かけた国の王様は1日でハゲた。2日で歯が全部虫歯になった。3日で痛風になった。4日で全身にニキビが吹き出た。触ると痛いタイプのニキビだったらしい。5日でもうやめてって謝った。
契約をなくしたら虫歯は自然には治らなかったけどハゲとニキビは治ったそうだ。あと痛風も。
妖精は基本的にピュアで優しいいきものなので、悪いことをしなければ味方でいてくれるため、小さな可愛い隣人として私たちの暮らしに溶け込んでいる。
そんな妖精が、最近「政略結婚」という存在を知ったそうだ。
人間社会に政略結婚が登場してからもうずいぶん時間がたってるのに、今? と私は思うのだけど、ピュアな妖精は政略とか「??????」で理解できなかったのだろう。
「?????」が「???!!!」になって、政略結婚ってこういうことなんだ!!! と理解なされたのが最近なのだと人間たちは思っている。
しかしこれにより世界は新しい形相を呈することになった。
今までの政略結婚により、お貴族様たちのなかで浮気は文化となり、夫婦双方にひみつの恋人がいるのが当たり前になっていたのだが、そんなの妖精は許さなかった。
「他に好きな人がいるのに他の人と結婚するとか意味わからない!」
妖精の言葉はわからない私でも理解できるその思考により、それはまるで病気のように、自然災害のように、人間の中に突発的に現れた。
病名?「婚約破棄劇」またはシンプルに「離婚劇」である。
双方ともに浮気している場合は、双方ともに「私この人が好きなの!」「俺はこの人が好きなんだ!」とパーティ会場で発表会を繰り広げ、ぽかーんとする外野をよそに「では離婚しましょう!」「そうだな!」と当人たちだけ満足げに離婚話をすすめる、という現象が起きる。
今でこそ「ああ妖精の」「あれが噂の離婚劇」と認知されているが、最初の一人であった公爵夫妻の離婚劇は隣国を巻き込んだ大騒動になった。公爵の奥さんは隣国の公爵家から嫁いできていたので。
そこで国王交えて
「落ち着けお前ら」
「これが落ち着いていられるか! 好きな人と結婚できないなんておかしいでしょう!」
「いやいやいやいや政略結婚じゃん!?」
というやり取りをしている部屋にポン!と現れたのが妖精だ。
「そうだよーセイリャクケッコンなんて変だよ! 好きな人と結婚しようよ! 愛がないなんてそんなのおかしい!」
「そうだそうだー!」
「おかしいよ! おかしい!」
「セイリャクケッコンやめようようー」
「そんなのつらいよーやめようよー」
と妖精たちは人間と同じ姿だけれどずっと小さくて、つい愛でたくなる体で、背中の羽をぱたぱたさせながら口々に言ったらしい。
王様ともなると妖精の言葉も学んでいるので、王様は妖精たちにおっしゃった。
「いやしかしですな」
と妖精たちに政略結婚の必要性をこんこんと説明なされたけれども、妖精は例によって「??????」の顔で首をかしげるだけ。
なんかこの騒動には妖精が関わってるようだと察した王様たちは、これは従っておこう、と離婚を認めた。そして両国はともに「はじめて離婚劇をした国」として世界で変に有名になった。
国王様たちはこの現象を、公爵夫婦だけのものだろうとお考えだったのだけれど、その後も続々と発生する「離婚劇」そして次に現れた「婚約破棄劇」に面食らい、妖精と話せば「愛し合わない結婚なんてだめだよ!」の一点張り。
急遽いま政略結婚に頼らない新体制というか、離婚が大量発生している貴族社会の新体制を作り上げるのに奔走しているのであるが、そんな王様の子、王子殿下までもが「婚約破棄劇」に
このまま普通に卒業して、婚約者と結婚したならそれをもって王太子になる予定だったのだが、頼りになる公爵令嬢様を失った王子の立太子は……え、どうなるの。
いちメイドごときにはちょっと分からないわ……思考放棄ではないヨ。
さて、そんな私の前で繰り広げられる次期国王のはずだった王子様による「巷で噂の婚約破棄」は順調に進んで、公爵令嬢の罪は何一つないということが明らかになった。
これは巷で噂の婚約破棄の中でも、浮気した側の浮気相手が性悪だった場合のパターンである。
病気? で現実が見えていない当人たちは真剣そのもので、王子の背に隠れる可憐な男爵令嬢は、こっそりほくそ笑んでいるのも、ちょっと腰を曲げて下から見るとよく分かる。
でも観客たちはこれは「性悪バージョン」と把握しているので男爵令嬢に対して冷ややかな目を向けているし、そんな人に本気で惚れちゃったらしい王子にも冷ややかな目を向けている。
あーこれだめだわ、人を見る目がないってことで国王にするのは不安だってなるわこれ。どうすんのこれ。
ひえー、でもおもしろー! と歴史的瞬間にどきどきしていると、どばーんと派手に入り口の巨大扉が開いた。
「アーーサァアアアア! お前もか!!」
国王陛下のおなりである。
はい、頭下げましょう。ははー。
あ、ピカピカの白い床に緑のイヤリングが落ちているわ。拾っておこう。持ち主誰かしら。とりあえずハンカチに包んでポケットに保管ね。
私がメイドの仕事に精を出している間にも、陛下の仕事は進む。
王子たちのデモデモダッテを適当に流して、陛下は公爵令嬢を見た。
「はぁああ、息子よ、
「多分なるご配慮、感激にございます」
「うむ。もはや血で政治を行う時代は過ぎたのだろう。これから貴族のあり方は大きく変わっていくことになるが、それでも国を民を守れるよう、国づくりには協力してほしい。君には王妃としてそうなって欲しかったが、欲は言うまい。新しい時代の公爵令嬢として、君の望むように生きてみよ。我が王家はその助けをすると、ここに宣言する」
王家の公爵令嬢への肩入れように、会場の貴族たちがざわめいた。
公爵令嬢は優秀と有名だ。その人物をとりたてるということは、これからの時代は「実力主義」ということなのではないか、と私は察した。実際はどうかわからないけどね。
「身に余るお言葉にございますが、心して精進いたします」
「うむ。そしてアーサー」
「はい父上」
「お前はとりあえず現実を見なさい」
「え」
「離宮でその娘と幽閉する。3年後、ヨアンが立太子したなら出してやろう」
「よ、ヨアンが立太子!? どういうことですか父上! 立太子は僕が!」
「今のお前に何を言っても意味はあるまい。恋の熱が冷めたら話そう。連れて行け」
「父上!?」
金の髪の美しき王子様は陛下の近衛兵に脇を固められた。そして彼にひっついていた男爵令嬢も同じくされる。
「え!? あ、待って、待ってください! 陛下! アーサーが王太子にならないなんておかしいです! アーサーはすごく努力家で、優しくて、私のような者にも声をかけてくれる立派な方です! だから王太子に」
「王太子にして己は王太子妃に、とそう言いたいのだろうが、私の許しなく私に話しかける無礼な貴族は、たとえ妖精が許しても私が王家に入れることを許さぬ。これと結婚するなら、アーサー、お前は去勢し平民になることになる。それでも望むならそうしなさい」
「父上、なぜそれほどまでに彼女を認めてはくださらないのですか! 彼女は優し」
「今のお前と話すことはない。行け」
はっ、と騎士たちが王子を連行し、男爵令嬢もそれに続いた「こんなはずじゃ、平民じゃ男爵より悪いじゃないっ」というつぶやきが近くを令嬢が通り過ぎる時に聞こえた。王子が目を冷ますのはいつかしら。
婚約破棄が性悪バージョンじゃなく、純愛バージョンのときは、浮気された方に対して「ごめんなさい、でも許して」と浮気した方が許しをこう流れになる。
妖精の生み出す婚約破棄は、いわば洗脳状態に近いのでパターンはすでに出来上がっていてみんな知っている。
王子が去ったことで歴史的瞬間は終わりを告げ、陛下がパーティの再開を宣言して卒業パーティは華やかにはじまったけども、貴族たちは今の出来事によるこれからへの影響で頭がいっぱいらしく、こっそり抜けだして帰る者が多数。そのうち目に見えて人が減ったパーティは早めにお開きになった。
余談であるが、王子がこうなるかもしれない、とは最近の様子でみんな予想をしていたので、陛下は婚約破棄するまえに円満に婚約解消しようと動いているところだったらしい。
しかし「解消よりも婚約破棄のがおもしろそーじゃん、あと王家に貸し、できるよね? どうせ政略結婚がなくなるなら娘に傷もつかないし、婚約破棄でもうち損しなくない?」と思ったのだろう公爵によりのらりくらりとかわされてああなったらしい。陛下どんまい。
王子様も病気? が発症するまではそこまで盲目的ではなくて、陛下に自己申告で「好きな人ができました」つきましては婚約解消を、と言うくらいには冷静だったという噂もある。いちメイドには真相はわからないけれど。事実だったとして、妖精は待ってはくれないのだね!?
陛下の「お前もか!」は責めるというより悲鳴的なお前もかだったのかもしれない。やけっぱちとも言える?
でも王城で働く下働きたちの中では、王命で解消を強行しなかった陛下の株は上がっている。
無理強いしない上司、いいね!
さてさてその後の
まだ恋を知らない第二王子ヨアン様とその婚約者は、自分たちもあの二の舞になるのを恐れて今のうちに婚約を解消するか仲を深めるか話し合ったそうだ。
とりあえず一年の期限をきって仲を深めることにされたらしい。
貴族社会は今も大混乱。
あっちこっちのお家が離婚して再婚して、平民と結婚する人も出てきた。男爵と公爵の身分差なんてかわいいもんである。むしろ貴族内でおさまってるからすごくない? な印象の昨今だ。
政治バランスは崩壊である。
貴族のしきたりも、あちこちの家で元平民が貴族の何たるかを学んだり、上位貴族と結婚した元下位貴族が上位貴族のなんたるかを学んだり、で学んでばかりでちゃんとできている家が少ない。
もう正直、平民のお遊戯会を見ている気分になる貴族社会のありようである。パーティなんてやった日には初級ダンス曲がかかりっぱなしになるくらいだ。
さらには、妖精の病気? にかかった人はだいたい1ヶ月くらい恋に盲目で人の話なんざ聞きやしない状態になるので、離婚劇をした高官がしばらく出仕できないという事態が増えた。
そして活躍する、地位に関係なく有能な人。
高官が戻ってきた時には、仕事のやり方が大きく変わっていた、ということなんてざら。
そのうち有能な人物に高官をさせようという話が出てくるのは、自然な流れであろう。
あと浮気したら大変なので、夫婦円満な人が出世しやすくなった。既婚者の夫婦円満アピールがうざい今日この頃である。
また、出会わなければ恋にも落ちないだろう。ということで学園を上位貴族と下位貴族で分けよう、という話が進んでいたが、
学園はそうできても、使用人ありきの貴族社会。使用人との関わりを完全にたつのは難しく、身分差の恋はこれからも生まれると思われる。そして関わる人間をせばめることは、見識を狭めることにもなり、人としての成長を阻害する。だったらもう諦めて、なるにまかせようではないか。と。
第二王子殿下とその婚約者がうまく恋をしたならば、もしかしたら貴族社会を象徴するような王家の結婚はそれが最後になるのではないだろうか。
政略結婚のない貴族社会。
それは貴族社会の崩壊にしか思えない。
平民をいくら貴族に染めても平民は平民だ。
最近男爵と結婚したという女性の連れ子の男性が、王城に従僕として出仕してきてよく話すようになったが、貴族らしさのない、どうみても平民な言動が多くて、王城で働く者としてはまだまだ優雅さが不足している。
でも彼のような元平民の貴族が上司につくようになってから、話しやすい上司が増えた。
優雅さには欠けるけど、なんだかその辺で楽しそうにしている妖精みたいなそんな社会になることもできるんじゃないかなって期待しちゃっている私がいる。
それはそれとして。
「リリン、ここにいたんだ。一緒に食事にいこう?」
掃除用具を片付け、手を洗いに行こうとしていた私に声をかけてきたのは、黒いローブに銀縁メガネの顔色の悪い男性。
「はい、マジェス様」
インドアすぎて女性のような細い手と手を繋いで、私は一緒に歩き出す。
マジェス様は公爵家の三男。学者肌で妖精研究に精を出している彼は、婚約者も作らずに研究研究研究の日々を送ってきた。
そんな彼に食事を届けていたのが私。
みんなに陰気だと言われるその顔が、私を見た時ほころばせるのを見ているうちに惹かれてしまった。
私は平民の侍女で、彼は三男とはいえ公爵家の人。
今までは恋は封印していた。
それでいつか仕事が異動になると同時に諦めようと思っていたけれど、今は、顔色が悪くても繋いだ手は温かいのを知っている。
妖精さん、これから人間社会は大変極まりないと思うけど、でも、ありがとうね。
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