私、こずえって言います。
昼過ぎ頃だろうか。一人の客がやってきた。
「こんにちわ、お姉さん」
「こんにちわ。お嬢ちゃん」
利発そうな少女だった。彼女は癖毛を二つの房にまとめ、銀縁の眼鏡をかけていた。いかにもな文学少女は真っ白なワンピースに身を包み、神秘的で優雅な印象を受ける。この近辺の子ではないのは一目見て理解できた。
「どうかいたしましたか?」
あたしは失礼にもジロジロと見てしまっていたようだ。だが、少女は嫌な顔もせず、笑顔である。
「ごめんごめん。よその子が店に来るなんて珍しいもんだったから、つい」
「ふふ、大丈夫ですよ。それよりも、私がよそ者だなんてよくわかりましたね」
「ここに来るのは大概が顔見知りだからね。新顔は珍しいんだ。人の少ない集落で唯一の店だしね」
「へえ、だからこんなに色々置いてあるんですね」
文学少女は店内を見渡す。あたしにとっては見慣れた品揃えだが、一見さんには混沌としているように見えるのかもしれない。食料品、日用品は勿論の事、文具や手芸用品、衣類も所狭しと棚に詰め込まれている。勿論、商品の管理は毎日欠かしてはいない。
「お嬢ちゃん、どこから来たんだい?」
興味本位で尋ねた。彼女は棚の文具を手に取りながら答える。
「稲橋です」
「わざわざ稲橋から、どうしてこんなところに。言っちゃなんだけど、この辺って何にもないよ?」
「特に理由はないんですよ。ふらふらと散歩していたら、こんなところまで。でも、お腹すいちゃったから、何も考えずにここに入っちゃいました」
「散歩って……山を越えてきたのかい?」
「ええ、そうなりますね」
改めて彼女の身体を見てしまう。外は炎天下で、店内も相当に熱が篭っているというのに、汗を滲ませていない。白磁のような透き通った肌は、灼ける陽の下を歩いていたのか疑いたくなる程だった。加えて儚げな第一印象通りの華奢な四肢に履物はサンダル。稲橋と川那を隔てる山は荒れているわけではないが、そんな軽装で踏破できるとも思えない。
あたしは彼女を見れば見るほど、その可憐さゆえの不気味な匂いを感じた。
「よく、歩けたね。道だって平らな所ばかりじゃなかっただろうに」
「意外とどうにか、なりましたよ」
不意に彼女と目が合ってしまい、あたしは背中に冷たい物を感じた。一方で彼女はにこりと笑む。
「これ、ください」
菓子パンをひとつ、会計を済ませる。袋に入れて手渡すと、少女は、ありがとうございます、と再び笑み、会釈をした。彼女はそのまま店外へ。しかし、あたしは思わず呼び止めてしまっていた。
「はい。いかがされましたか?」
あたしが言葉に詰まっていると、彼女は小動物のように小首を傾げた。それでも次の口が開かない。
「私、こずえって言います。小さい、梢って書いて小梢」
「……日名子。あたしは羽川日名子」
小梢の名乗りに、名乗り返した。
「ふふ、ハルナツフユさんじゃないんですね。お店の名前は春夏冬なのに」
「それは祖母ちゃんの旧姓」
「じゃあ、日名子さん。また来ますね」
最後に何度目かも覚えていない笑顔を置いて、小梢は店を出た。
彼女は何者だったのだろうか。あたしはどうして小梢を呼び止めたのだろう。文学少女の奥底に得体の知れない物を感じていた。彼女の深淵を覗き見たくなったのか、今のあたしにはわからない。しかし、あの瞬間、彼女を求めてしまったのは確かにあたしだった。
小梢が去った後、あたしは呆然としていた。しかし、座敷では健太が気持ちよさそうに寝息を立てている。その寝顔を見ていると、小難しいことを考えている自分が馬鹿らしく思えた。
トンビも、日暮れと共に巣に帰ってしまった。
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