小梢とあたしたち
甘木 成
あたし
遠くでトンビが飛んでいる。ピーヒョロロと独特な啼き声を響かせ、円を描いて宙を舞う。アレは一応、猛禽類らしい。生態系ピラミッドでは結構な上位に位置するハズなのだが、タカやフクロウに比べてどうも威厳がない。しかし、それが丁度、私に似ていると思った。
「ねーちゃん、このアイス何円?」
近所の――と言って結構な距離があるのだが――中学生が店内に入ってきた。その手にはカップアイスが一つ。外の冷凍庫から選んできたのだろうソレを私に見せてくる。
「んー? 三〇〇円」
「こんなチッコイのに? ケチ臭っ、一〇〇円にしてよ」
「アホめ。そんな値段で売れるわけないだろ。結構な高級品なんだぞバーゲンダッツ。相応の代金さえも払えないなんて、健太の方が余程ケチだな」
彼はあたしを姉と呼んではいるが、血の繋がりはない。しかし、頻繁に訪れては店内の座敷で長時間居座るものだから、年の離れた弟みたいな感覚だ。しかし、実際の弟よりも生意気を言うクソガキで、あたしも真面目に相手をしないことにしている。
「稲橋のスーパーの方がもっと安く売ってるって。だから値引いてよ」
「二〇円も変わんないよ。しかも稲橋って山ひとつ超えなきゃならんでしょうが」
「えー、良い大人なんだから、そのくらい頑張ってよ。山の一つや二つ」
「ハッ、お気楽なガキンチョが一丁前言いやがる」
中学生には大人の事情って言うのが理解できないらしい。
「うっせえババア。いーよ、もう。ギャリギャリ君で十分だ」
「あーあ、そうか。それは残念だ」
あたしの嘆きを聞き終わらないうちに、彼は外の冷凍庫を漁りに行ってしまった。
「なー、ねーちゃん」
シャーベットアイスを口にしながら、座敷に寝転んだ健太が声をかけてきた。一方であたしは客もいない店内でボーっとしているだけ。こんな時は、あたしも暇なので適当に相手をしている。
「何?」
「なんでこの辺、田んぼしかないの?」
そんなことあたしに聞かれても理由なんて知らんわ。
「この春夏冬商店様があるじゃん」
「こんなボロっちい店じゃなくてさー、もっと
「なら稲橋まで行けばいいじゃん」
ここ
「バス一日に一本しか出てないじゃん」
交通手段も限られているのが欠点だ。
「早起きして乗ってきなよ」
「折角の夏休みに何で早起きしないといけないんだよ」
「稲橋行くため、でいいじゃん」
「よくないってば……あーあ。せめてねーちゃんがもっと色気ある大人の女性なら、川那でも、もう少しは楽しいのに。残念だなぁ」
この前まで鼻水垂らしてオネショしてたというのに、マセやがって。
「ハンッ、中坊が」
「行き遅れ」
「今の時代に男も女も年齢も関係ないっての」
それにあたしはまだ二七だ。
「これが世に言う残念女か」
「知ったかぶりはモテねーぞ」
最近のコイツは雑誌か何かで仕入れた適当な知識を披露したがる。しかし、前にあたしが間違いを訂正したら、顔を真っ赤にして家に帰ったのは記憶に新しい。
モテないというのが図星だったのだろうか、それとも、その時のことを思い出したのだろうか。彼は次の言葉を飲み込んで、それから何も言わなくなった。
「……ま、確かに残念かもな」
「えっ? 認めるんだ」
意外そうな声を上げる健太を放って、あたしは店外の冷凍庫からバーゲンダッツをひとつ取り出す。
「健太はこの濃厚なバニラの風味と溶けるような甘さを知ることないんだから」
「ソレ売り物じゃねーのかよ」
「あたしンだよ。店の物は店主の物だっての。そもそも、買うヤツいねーよ。こんなジジババしかいないド田舎で、こんなクソ高いアイス」
あたしは寄ってきた健太を押し退けながら、元の場所に座り直すと、即座に封を開けた。そして、木のスプーンを力強く突き立て、ようやく救い上げたバニラアイスを頬張る。
「めっちゃ言うじゃん」
羨ましそうに見つめる健太を尻目に優越感に浸っていたいところだが……。
「あっま」
口いっぱいに甘みが広がった。そしてサッパリした甘さではなくクドい。
「美味しい?」
「マズくはないけど、そんなに。そもそも甘いの好きじゃないし」
「じゃあ、なんで食べたんだよ」
「健太に見せつけながら食べたら美味しく感じるかと思ったから」
「嫌がらせかよ」
彼はわかりやすく口を尖らせた。
「拗ねんな」
「拗ねてな――――んむっ」
あたしは謝罪の意味も込めて彼の口に食べかけのアイスを突っ込んだ。健太は突然のことに驚きつつも、ゆっくり咀嚼し、味わっている。
「どうよ?」
「あっ、甘い……けど…………」
「そう。二口目はやんないよ」
「う、うん」
普段は生意気なクソガキなのに、今は静かにゆっくりとアイスを味わい続けている。ひょっとすると食べさせられて照れているのかもしれない。思春期少年の機微を嗤いながら、もう一度、堅まったアイスにスプーンを突き立てる。
「…………あっま」
遠くでトンビは飛び続けていた。
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