第6話 大天才

 魔物の一件から二日が経ちました。おおかたの片づけは終わり、残るは結界を張り終えるのみです。ですがそれもワタクシの仕事ではございませんので、相も変わらず城内の見回りをしておりました。

 本来であれば、例の風の噂について調査をしに行くべきなのですが、箱庭に行くにはあの生意気な聖騎士殿もいた方が都合が良いため、日を調整していたのでございます。城の修繕が充分に終わらなければ、ワタクシ共なしに魔王様をお守りすることはできますまい。魔王様を警備の薄くなった城に置いて行けるほど、我々も考え無しではございません。

 ワタクシはひとり、ワタクシ専用の研究室に籠り、先日フェアリーから戴いた木片について調べておりました。よくある針葉樹の木片であること、蓄積された魔力が緑色の結晶となっていること、その魔力源がどうやら知的生物の生命力であることがわかりました。森では様々なものが形として残りますから、これもそういった類のものなのでしょう。

 ワタクシはルーペを机上に置き、一息つこうかと体の力を抜いたとき、今朝からずっと部屋の前でワタクシを呼ぶ声がしてたことを思い出しました。特に急用ということも、重要性があるということもないだろうと、居留守をきめこんでいたのです。ですが、もう昼になるというのにその熱心な人は未だに部屋の前にいるようです。そろそろ構った方が良いでしょうか。

 ローブを着てから部屋の外を覗きますと、一人の魔術師が扉の横でうずくまっておりました。ワタクシを見るなり飛びつき、大きな声を上げ始めます。

「お願いします! 大魔術師様ほどのお力があれば半日もしないうちに結界を張ることができますでしょう? どうか我々をお救いください!」

 結界を張る魔術師たちの進捗が思わしくないようです。きっと連日のことで疲弊しきっているのでしょう。魔術は使えば使うほど、その体力を奪っていくものなのです。ですがそれはワタクシの問題ではございません。

「ダメなものはダメです。泣いて喚こうが人質を取ろうがダメなものはダメです。それから、ワタクシの身体は物理的な圧力に弱いので、どうか放してはくださいませんか」

「なにゆえそのような冷たいことを仰るのですか!」

 魔術師はワタクシからはがれると、床に大の字になりました。なんとも見るに堪えない姿です。ですが、甘やかせるわけにはゆきません。

「冷たくて結構。骨と魔力で出来たワタクシが温かいわけないでしょう。ほら、こんなところで油を売らずに作業に戻っては如何いかがです」

「それほどにまで偉大な魔術師でありながら、なにゆえ結界のひとつふたつを平民に代わって張ってはくれないのですか!」

 その意見には一理あります。前王様の代では、途中までワタクシ一人が城の魔術的警備を担当しておりましたので、当然その結界も一人で張っておりました。強い魔術師が居るのであれば、このほうが自然なのでしょう。ですが、問題は別にございます。

「偉大な魔術師であるからこそですよ。ワタクシが張った結界を読み解ける者がひとりもいないことが問題なのです。もし、ワタクシが大きな欠陥のあるものを作ったらどうするのですか? もし一部が破損したらどうするのですか? もしワタクシが反逆者となったらどうするのですか? たったひとりの天才に任せるというのは、それ相応のリスクを伴うのです。行き過ぎた技術が広まらないのは、そういった事情からにございますよ」

 国として安定するには、ある程度能力や仕事を分散させる必要があったのです。これらも前王様のお考えにございます。

「ぐうの音も出ないということはまさにこのことですか」

 魔術師はそう言いますと、今度は床に突っ伏して寝息を立て始めました。なるほど、相当疲れているようですね。喚き散らすのも無理はない話です。こんな彼らを休ませないほどワタクシは鬼ではございません。

「ほら、ここで寝ては風邪をひくでしょう、お戻りなさい。そんなに疲れているのであれば一度休みなさい。繋ぎの結界を張るくらいは致しますから。ですが、本結界は絶対に貴方がたが張るのですよ」

 そう言い終わる前に、魔術師はワタクシを拝み始めました。

「ありがたやありがたや……」

「大げさなのですから……」

 ワタクシは部屋から杖を探し出し、その魔術師を連れ中庭へと向かいました。

「あれっ、大魔術師様どちらへ行かれるのですか?」

「結界を張りに行くのですよ。一人で張るのであれば、中心からです」

「なるほど。ですが、それにしては北寄りではありませんか?」

 城の敷地中心に位置するのは玉座の間の前にある広間、建物中心であれば魔王様の執務室になります。中庭はそれよりも城の北側に位置しております。

「少々ずるをしますから、中庭に向かっているのですよ」

「ああ、中庭であれば魔力源が豊富でありますからね。なるほど、勉強になります」

 勤勉な魔術師はポケットから紙を取り出し、何やら書き残したようです。中庭と言っただけで、ワタクシがこの城の魔力の中心を示していることがわかったようです。王に仕えるだけの知恵はあるようで安心いたしました。

 中庭に着きましたが辺りは静まり返っております。庭の草木をかき分け、中央にある泉まで行きましたが、すれ違ったのは蝶と小鳥のみでした。

「フェアリーのはおられないようですね。都合が良いです」

「良いんですか? バレたら何と言われるか……」

 彼女はきっと、庭をただの魔力源として使うことを易々と許しはしないでしょう。ですが、ここには結界を張っても余るだけの魔力貯蔵量があります。豊かな土地には豊富な魔力が宿るのです。

「適当に誤魔化しておけばいいのです。それに、有り余るほどの魔力が湧いていますから」

 泉の水は、ほどよく冷やされております。それを確認し、指のグローブを外しました。指骨だけでは物をつかむのに不便なので、普段から着けているものです。繊細な魔術を使うときは、指先も微細に動かせるほうが都合が良いのです。

 杖の先を泉に浸け、結界の展開を始めます。ここからは先日の結界を展開した時と同じ要領です。しかし、今回は防音の必要も像を歪ませる必要もありませんので、そういう点では構成に違いはあります。そして規模の違いは魔術の構築時間と消費魔力量に響いてきます。後者はこの泉が全て何とかしますから、残りは時間のみです。そうは言いましても、ワタクシほどの魔術師であれば数分で完了いたしますので、そう気にすることでもございません。

「お見事です、大魔術師様!」

 結界の展開が完了いたしますと、魔術師はその場で拍手をしました。それに応え、ワタクシも一礼いたします。

「ですがくれぐれも油断なさらぬよう。これは仮のものでございますからね。一休みしましたらまた作業を再開するのですよ」

 そう言いますと、彼は深々と頭を下げ、こちらを拝むように手を組みました。大げさなのは彼の特徴の一つであるようです。あまり構わずに、ワタクシはその場をあとにしました。

 部屋に戻る途中、今度は別の魔術師が声をかけてきました。

「大魔術師殿、これ」

 先日、作業場で結界の話をした、上級魔術師のエトモントです。手には丸めた紙を持っております。

「おや、例の図面にございますね。いま手が空きましたので拝見いたしましょう」

 彼は完成までに「四日後」と言っていましたので、どこか気になる点でも相談しに来たのでしょう。

「ここ」

 エトモントが開いた図面は、彼の背丈ほどの大きさがありました。彼は不便を感じてか、そのまま紙を床に下ろし、図面の中央を示しました。その場所だけまだラフ状態で記されておりますが、それ以外はほとんど不具合なく綺麗に書かれております。

「もう完成も近いではありませんか! いえ、ここまでの完成度のものを、このような目の多いところで広げてはなりませぬ。危機管理なさってください」

 城を守る重要な仕組みの設計図なのです、完全に完成していないからといっても、誰かれ構わず晒してよいものでは決してございません。先日も彼は作業部屋に広げたままにしておりました。

「破れるのは大魔術師殿、エト、父さん、他つよいの」

 彼の言う通り、これだけの結界を破るにはそれなりの、それこそワタクシ、作った本人であるエトモント、そして彼の父も名を馳せる魔術師ですからそれくらいの力がなければ難しいでしょう。これを考えますと、今まで運用していた結界のもろさが露呈してしまいますね。それもそのはず、ここ四十年近くほとんど構成を変えていない、いわば使い古された魔術でした。だからこそ、このタイミングで新しい結界を作る必要があったのです。

「ですが、何も結界はたった一人でしか壊せないというわけではございませんよ」

「失念。部屋に来て」

 彼はワタクシを、作業場から少し離れた廊下の、奥まった場所にある部屋まで案内しました。上級魔術師には各々おのおの、ワタクシの部屋ほどではありませんが専用の研究室が与えられています。エトモントも例外ではなく、扉のネームプレートに『エト』と書かれておりました。

 中へ入ると、若干の埃臭さが広がりました。そこかしこに書物や作りかけの魔法陣が書かれた紙が置かれています。その中には大陸ひとつを移動させられそうな転移魔法陣などもあります。

「熱心にございますね。いささか物騒なものも散見されますが……」

「転移魔法は専売特許」

 彼の父上は、転移魔法界隈では最も優れている魔術師でございます。話によれば異界から魔力を取り出すといった、かなり危ないことの研究もされていたようです。それだけの能力があったということでございます。その息子である彼にも、強大な魔術師の素質が備わっているのでしょう。

 エトモントは中央に置いてあった机の上のものをどかしてゆきます。

「大魔術師様の専門は?」

「専門、ですか。何でも出来てしまうので、特にこれといったものはございませんね」

 ようやく広げられた紙は机上に収まっていませんでした。彼にはもう少し大きな机を見繕った方がよさそうですね。

「大魔術師と呼ばれるゆえん」

「千年ほど魔術を使っていれば、大抵のものは使えるようになりますよ」

 もうワタクシは、魔術を身に着けたころのことなど、酷くこびり付いているような記憶の断片しか思い出せませんが。

「人はそんなに生きれない」

でしょう。貴方の――いえ、結界の話をいたしましょう」

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魔王専属骸骨魔術師の日記 N's Story @nsstory

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