第2話 日課
閑散とした会場を片付けますのは使用人たちの仕事にございます。ワタクシも雇われ魔術師には違いありませんし、やることも雑用と言ってしまえばそれまでです。しかし、雇われている魔術師の中では恐らく一番、その力を強く宿していると思われます、我ながら。ですから、早々に退散してまいりました。厄介な者に捕まっては貴重な時間が勿体ないですからね。
王へ魔術的な助言をするのが本来の役目なのでございましょうが、ワタクシは千里眼を持っていなければ、預言者でもございません。単純に、魔王様の及ばぬ魔術世界への架け橋役として存在していると考えた方がよいでしょうね。実際、魔王様に求められれば助言は致しますが、この先に何が起こるかということを、仮に分かっていたとしても口にすることはございません。なにせワタクシはただ国の行く先を見届けるだけの魔術師なのですから。
見届けると言いましても、それは個人の趣味に過ぎません。あらゆる選択は王にあり、また王を選ぶのも国の運命なのですから。それに手を出すなど何様気取りなのでございますか。ただの術師が作り上げた世界など、幻に過ぎません。そこがワタクシの生きていく上で、いまいち盛り上がらない部分でもございますね。
式も終わりましたし、ワタクシは服を着替え、日課をこなすといたしましょう。
あの生意気な騎士殿は、聖騎士零れだということもあり腕だけは確かなものであります。不測の事態が起こっても、王に何かあるということもないでしょう。彼が元々聖騎士であったという点を除けば。
静かになった城の中を歩いて行きますと、外からはざわざわと人々の声が聞こえてきました。こうして一人で聞いていますと、自分だけが世界から隔絶されたような錯覚を覚えます。それもまた、運命に手を出すことの許されない魔術師だからこそなのでしょうか。
衣装室につき、ようやくこの重々しいだけの服から解放されると思うと、特に緊張をしていたわけではございませんが、安心感を覚えました。お察しの通り、ワタクシは骨と魔力とほんの少しの希望で身体が出来ておりますから、装備が重いというだけで、どこか潜在的に不安になっているのかもわかりません。
……はい? ワタクシめの身体がどうなっているのか?
単純なことでございます、スケルトンのそれと大差はございません。しかし並のスケルトンの持つ魔力とワタクシのモノとでは天と地ほどの差はございます。何せワタクシは魔王直属のシャーマン、魔術師、ネクロマンサー。いずれにしても強力な呪術使いであることには違いがございません。言ってしまえば国一番の術師なのですから。ああ、言ってしまいました、恥ずかしや。
まあ、そのようなことはいずれでもよろしいではございませんか。うっかり口を滑らせ、弱点が周知された日には王に使える術師ということもあり、国がひっくり返りかねません。既に重い装備だと云々と言ってしまいましたが……。
秘密は多い方が愛らしいでしょう? あまり魔族にも好まれぬビジュアルですから、そのくらいはぶりっこしても許されるでしょう。いいえ、ワタクシが許します。
言い忘れておりましたが、ここで腕を振るっている魔術師はワタクシの他にもおります。城に結界を張るところから魔術に関する研究、果ては前線兵までおられます。とは言え、兵力として存在する魔術師は数も多く、魔王様の下でというよりは国にお仕えしているということになるでしょう。魔族と人間が共存していながら平穏な国でありますから、少々その辺りは複雑なのでございますよ。
衣装を着替え終え、ワタクシはいつものローブに身を包みました。かなり軽い素材で作られていますが、耐久性抜群の衣服です。ワタクシの身体は衣服を身に着けるように出来てはおりませんので、本来は着るべきではないのでしょう。ですがワタクシは術師。装備に抜かりなしですよ。最大の理由は、気に入った靴を美しく履くためなのですけれども。
黒い革で出来たシンプルなデザインのブーツを鳴らし、城内を歩いてゆきます。
朝の散歩ではありませんよ。それに、中庭に差し込む日は既にだいぶ高いですから、朝の散歩にはいささか遅いのです。
「こんにちは、魔術師さん」
「おや、これはこれはフェアリーの。ごきげんよう」
中庭の木陰から、一人の女性がワタクシに声をかけてきました。穏やかでありながら美しく響く声の彼女は、木の精霊であり、長いことこの広大な中庭で過ごしております。たまに近くの森へ行くなどしているようですが、すっかり定住されているようです。
「どうかされましたか?」
「いいえ、困ったことはありませんわ。貴方の仕事ぶりに感心したので、私から一つ贈り物をしようかと思って」
「おや、ありがとうございます。ですがワタクシ、ただの代役を務めた魔術師に過ぎませんよ。それに、主役は魔王様なのですから」
「それで好いのです。木々の恵みは万物に与えられるものですから。そして木々は、貴方のことを人よりも好いております。それにね、私がずっとあの子に怖がられていることは、貴方もご存知でしょう?」
現魔王様は確かに、木の精霊を避けている節があります。他の精霊であればそうでもないのですし、それが同じく木の属性を持つものであっても特別どうということもないようですが。しかし、その感覚はわからないこともないのです。それは彼女がここに住んでいるという点において、そもそも他の精霊や妖精の類と比べて異質なのですから。
にこと笑った彼女はワタクシの掌に、中節骨ほどの大きさの木片を載せました。その木片は所々が緑の結晶となっており、微量の光を放っています。
「おや、これは美しい」
「でしょう? 森で倒れた木から持ってきたのよ。きっと、土に還すより面白い使い方を、貴方なら思いつくかと思ったの。それに、木々は貴方をいつでも歓迎するのだから」
「光栄です、ありがたく頂戴いたします」
木片を日光にかざし、その煌めきに不純物がないことを確認してから、ワタクシは布でくるみポケットへ仕舞いました。
「中庭の調子は問題ありませんか?」
「ええ、本当に大丈夫よ。私が居るのだから。それに、前王のおかげで安定しているわ」
彼女はここへ住み着く前、前魔王様に直談判しこの中庭を整えました。普通の精霊はそのようなことはしません。
ここは魔王城というだけあり、かなり魔力の恵まれた場所に位置しています。特に地下には豊かな水を蓄えており、それを自然に帰すべきだと彼女は申し立て、この中庭を作り上げました。前魔王様は魔物を統べる上で、多くの種族のことや摂理のことを学んでおられた方でしたので、ご納得されたのでしょう。
「何もなければよいのです」
「ええ。お仕事頑張ってね、魔術師さん」
ワタクシは中庭の横の長い廊下を再び歩き始めました。暫くすると背後から「アクセサリーにしたって構わないのよ!」という彼女の声が響いてきました。
「検討します!」
そう返事はしたものの、観察し用途がなければ研究室に飾っておこうかと考えておりました。失礼ではありますが、彼女からは死の臭いか感ぜられます。ワタクシが言うのもおかしな話ではあるものの、彼女はワタクシという強大な魔力を持つ骸を、木々へ返還したいのではないかと思えるのです。根拠はありませんが、彼女との付き合いはそれなりに長くなりましたから、さして外れてもいない想像だと思います。ですから、彼女からの贈り物を身に着けることに、あまり前向きになれないのです。
城内をさらに歩き、魔術的異常がないことを確認します。その間、様々な者と言葉を交わし、城の様々なことについて情報を得てゆきます。これがワタクシの日課であるのです。
魔術の研究に没頭していても退屈しますし、命令を待っているだけでは、あらゆることに遅くなってしまいますから。
「魔術師殿! お時間はございますか!」
城の入り口に近くなったとき、城に仕える魔法使いの一人がワタクシに声をかけてきました。大変元気がよく、好印象の青年です。
「どうされました、時間ならありますよ」
「それならよかった、少々見ていただきたいものがあるのですが!」
「ええ、どうなさいました?」
彼は城の警備を担当する魔術師たちの作業場へ、ワタクシを案内しました。
城の警備をする魔術師は、主に城内に結界を張ること、外から持ち込まれた物品で魔力を帯びたものがあれば調査をすることを仕事としています。ワタクシはめったにこのような場所へは入りませんので、普段の彼らをよくは知りませんが、今日は一段と皆疲れているようであることが見て取れました。床には魔術具が散乱し、疲労を顔に浮かべた魔術師が何人も椅子に凭れております。窓際の植物も心なしか萎れているようでした。
「本日は城門を開けていましたからね、忙しかったでしょう」
「ええ、そのことなのです。こちらをご覧ください」
案内をしてくれた青年は、一切の疲れを見せぬまま、ワタクシを机の前へ誘導しました。そこには両端の巻かれた長い紙が置かれており、そのうちの一か所を彼は指し示しました。どうやら何らかのグラフのようです。
「民が門を潜ったときのデータですか?」
「はい。通った者の魔力量を示しています。これは少々気になる数値ではありませんか?」
指し示された場所では、グラフが他よりやや大きく波打っておりました。すなわち、そのとき通過した者の魔力量が他に比べて少々多いことを示していました。
「確かにそうですね。実際に通過したのはどのような者でしたか?」
「少女です。明るい髪の十五、六くらいの町娘のようでありました」
「ほかの資料はありますか?」
「ええ」
その時に問いただせばよかったものをと思わなくはないですが、現場には現場の対応があります。加えて、他の資料を閲覧したところ、異様なのは魔力量ばかりなのです。通常、魔術師であれば魔術師らしい魔力がその中に含まれるのですが、この場合は『魔力を扱えない人間が数万と居る』時のような、そういった結果を示していました。つまり、魔力量を見ていなかったのなら気に留められることなどなかったことでしょう。
「そうですか。それ以外に何か気になったことはありませんか?」
「いえ、特には。しかし、他の魔術師は城内で『見失った』と報告しておりました。弁明の余地はございません」
目をくらませるのであれば、同じ魔術師なら相応の痕跡や気配を感知するものです。熟練であれば話は変わってきますが。
「その後、捜索はしましたか?」
「はい。結果、異常なものは城内から発見することができませんでした」
「そうですか。既に結界は通常通りに?」
「はい、先ほど完了いたしました。その際にも城内からの異常は一切関知できておりません」
入っただけで城から出ることのなかった魔力体。その場に拡散することが可能な存在。何度かワタクシは見た覚えがあります。
「そうですか。しかしまあ、悪意のあるものであれば、入ってくる時点で我々に気づかれないよう細工をいたしましょう」
「魔術師殿にはお心当たりが?」
「そうですね。例えば、幽霊など」
青年は一瞬ぎょっと目を丸くしましたが、すぐに困ったような笑みを浮かべました。
「御冗談を」
「あれも一種の魔力体です。この辺りではほとんど見かけませんので、珍しいものではありますけれども」
一瞬間を置き、再び彼は目を大きく見開きました。
「本当に幽霊が?」
「ええ。実物を見てみないことには、絶対にそうだとは言い切れないものの……これを実際に幽霊と呼ぶかはさておき、他の上級魔術師にも聞いてみると良いでしょう。幽霊、亡霊、幻影……およそ、そのような答えが返ってくると思いますよ。何事もなかったようですし、気にされぬが吉。悪意がなくともよいものではありませんから、実害が及ばない限りは無視してください」
記憶によれば通常、ゴーストの類は、実体を得るために相応の魔力量を必要とします。一方で、魔術を使えない個体であったのなら、その魔力は一般的な生物の持つようなものであるということが知られています。つまり、閲覧したデータのような反応を示すのです。魔物の多いこの近辺では、相性が悪いからかほとんど存在はしませんので、それを見たことのない魔術師が居ても何ら不思議ではありません。
気がかりがあるとするなら、魔術師が生者と思い込んだことくらいでしょうか。それも相応の魔力量があれば不可能ではないので、今は問題にすべきことでもないでしょう。
ワタクシは窓際にあった観賞用の植物に水を与え、作業場を後にしました。
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