魔王専属骸骨魔術師の日記

N's Story

第1話 戴冠式

「魔術師様、そろそろご準備を」

 衣装室で着替え始めると間もなく、一人のメイドがやってきました。ワタクシの使用人ではございません、この城の王の給仕です。特に彼女は、ただのメイドに納まらずあらゆる雑用をこなすスペシャリストでありました。

 その彼女が、何故かワタクシを訪ねて来たのでございます。いいえ、心当たりが全くないというわけではありません。彼女は私を急かしに来たのでしょう。おおよそ、ワタクシの準備が遅れているから呼びに来たのでございましょう。

 丁度ワタクシはシャツを着たところでしたので、彼女を部屋に入れました。

 彼女も式に合わせてか、普段の服より重厚感のあるロングドレスを着ています。彼女の短い黒髪によく合うデザインですが、恐らく今日のメイドは皆同じものを着ているのでしょう。ああ、嘆かわしい。どうせ体に合わせて作るのなら、式用のものくらい、それぞれに合うものをと思ってしまいます。

 ですがきっと、彼女はそんなこと微塵も思わないのでしょう。淡々と仕事をこなす姿は凛々しくも少し寂しく感じます。やるべき仕事と命じられた仕事以外に、まるで興味がないようなのです。人間味がない、とでも言うのでしょうか。まあ、彼女もワタクシも人間ではございませんが。

「あちらは既に準備が終わりましたので、そろそろ来られるかと思い一同待っておりましたが……お着替えに恐らく手間取っているのだろうと、どなたかが仰いましたので伺いました」

 彼女は閉じていた目を一瞬だけ開け、ワタクシと用意されていた衣装を交互に見て、ため息をつきました。なかなかに失礼な方です。彼女も、彼女にそのようなことを言った、某人も。

「着替えは一人で十分ですよ。ワタクシが着替えに手間取る理由は、衣装がワタクシのために出来ていないからですよ」

「それは分かってますが、それを誂える者はおりませぬ故……」

 ワタクシは重く厚く、その上サイズが少々大きい衣装を順番に着てゆきます。骨と魔力で出来た体には負担になるばかりです。靴だけは自前の、赤地に金の刺繍の入ったものを履きました。

「あーやだやだ、そもそもどうしてワタクシが戴冠式にて役を担わねばならぬのですか。いえ、勿論出席は致しますとも。ワタクシめは国の行く末を見守るメイズにございますから。しかし、それとこれとはわけが違いましょう? 皆はワタクシを誤解しています、王の選定をする魔術師でもあるまいに……そうは思いませんか?」

「ごちゃごちゃ言わずに早くお着替えになってください。式まで時間はございません。その上にはこちらを」

 彼女はワタクシに服を順番通りに、次々と投げてきます。

「雑ですねえ」

「口ではなく手を動かしてください」




 城内は民衆の熱ではなく、湿度で暑くなっておりました。

 急に決まった戴冠式ということもあってか、国の重役でさえも参加できないような状況。通常であれば王が、王のお決めになられた方に、その冠と王位を譲る儀式であるはずでした。ですが数日前、突然容態を悪くされた前王がそのまま亡くなられ、急きょ王子が次王としてこの国を統治することとなりました。

 亡くなられた王のための儀式、そして引き継ぎの行われなかった仕事について王子に教え、それがようやく落ち着いて休む間もなくです。事実上だけではなく古の儀式が取り急ぎ行われることとなりました。

 ワタクシが着替えを終え、儀式を行う玉座の間へ入りますと、いつもは静かなその場所も、城中の者が集まって雑然としておりました。ひそひそ、こここそ、ざわざわという声も、ワタクシの顔を見るなり静まり返ります。一部を除いては。

 その一部のひとりが、王直属の逞しき騎士殿にございます。彼はその気高く美しい顔をワタクシに向けるなり、それに似合わぬ口調と振る舞いを見せました。

「いくらヤツ以外に適任がいないって言ったって、スケルトンだぞ?」

「騎士殿っ」

 傍におられたメイドの一人が騎士殿を肘で突き、歳の割には落ち着きのない騎士殿はへらへらと笑って見せます。相変わらず見てはいられません。

 彼は聖騎士から堕ちはしましたが、その魔力と剣術は評判の騎士。ただし、そのせいもあってか並の魔物を軽んじておられる節がございます。ワタクシのことも例外なく。魔王様に仕えようと思われた詳しい理由は存じ上げておりません。ですが、少なくとも彼のせいでワタクシの聖騎士へ対するイメージは常に落ち続けております。そのため、反魔王勢力が送り込んだ下手な工作員なのではないかとさえ思えます。こうして感情をあおり、戦争か何かを起こすための……イメージダウンボーイ、そんなものがあるのなら彼は適任でしょうね。

 それはさておき、ワタクシは真っ直ぐ壇上に上がってゆき、お忙しい中云々と形式的な挨拶を終え、早速儀式を始めました。ワタクシは使用人から渡された王冠を、新たなる王子へお渡しする大役を務めるのです。

「王子、こちらへ」

 壇上へと上がって来た、まだ幼い王子は黒い服を身にまとい、代々王が愛用している魔王のマントを後方へ長く伸ばしておられます。ワタクシは背丈の高い方であり、王子はワタクシの腹の辺りに丁度顔が来られるくらいに幼い身体をしています。勿論、王位を継ぐにはまだお若い。本来であれば長男であるお方が王位を継ぐはずでありますが、前王の意向によりその長男はある場所で幽閉されております。まあ、そういった話は置いておきましょう。

「ワタクシは国を見守る魔術師として、貴方様の治める国の命運をこの目に焼き付けましょう」

 ワタクシが王子に王冠をお渡しすると、王子は立派な二本の角を器用に避け、その頭にはまだ大きい王冠を納めました。獅子の如く立派な毛並みの上で輝く冠は、小さな体でも王であるということを強く示しておりました。

「新たなる王に祝福があらんことを」

 ワタクシは袖に隠しておりました花びらを王子の方へと投げ、小さく呪文を唱えます。花は舞いながら冠を模り、王冠の周囲に配置されました。

「ありがとう」

 小さく、王の口からそう聞こえた気がしました。しかしそれは、この場にいた人々の歓声にかき消されてゆきます。

 新たなる王はそのまま城の出口の方へ歩き、後ろに横にと王を守る者がぞろぞろと列をなして行きます。新たな王のお姿を、民衆の待つ場外へとお披露目するのです。あの嫌味な騎士殿も金属を鳴らし、王の横に沿っております。

 玉座の間に残されたワタクシは真に願いました。に世界の祝福が、神がいるのなら神の祝福があらんことを、と。

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