第5話
「殺されるとはまた、穏やかではありませんね。なにか理由があるのですか?」
予想外の告白に動揺しつつも、表面上は冷静に問い返した。それに対してシャルロッテ殿下は苦々しい顔で「リムリア国の伯爵令嬢を暴漢に襲わせたことが原因です」と答えた。
「……お、襲わせたのですか?」
ゴクリと生唾を飲み込む。その音が彼女の部屋に響く錯覚すら覚えた。
もしそれが事実なら、一国の姫様とはいえただではすまない。国際問題に発展する重罪で、隣国との力関係を考えれば処刑されたっておかしくはない。
話を知っていて隠蔽すれば、俺にすら罪が及びかねない。
だが――
「そんな恐ろしいことするはずないじゃないですか!」
「えぇ? つまり、冤罪だと?」
「それも違います。いまはまだ襲ってないですが、未来の私は伯爵令嬢を暴漢に襲わせようとして、その罪で処刑されてしまうのです!」
「…………………………」
なに言ってんだこいつと思考が停止してしまった。
「どうして黙るんですか、なにか言ってくださいっ!」
「いや……その、罪を犯さなければ良いのでは?」
「それが出来れば苦労しません!」
そうかなぁ……どう考えても正論なんだが。
意味が分からないと言いたくなるが、それは思考の放棄だ。どんな行動にだって、本人にとっては必ず意味がある。それを他人が納得できるかどうかはともかく。
これだけ必死になると言うことは、なんらかの理由がある……のかなぁ?
「罪を犯してまで復讐したいほど、相手が憎い……とかでしょうか?」
「そう、ですね。愛する婚約者を奪われた嫉妬です」
ドロドロだった。と言うか、婚約者を奪われた腹いせに相手を暴漢に襲わせるって、なかなかに過激な性格のようだ。純情そうな見た目からは想像できない。
……いや、大人しい子ほど怒ると恐いっていうしなぁ。
「事情は分かりましたが、要するに婚約者が不貞を働いていると言うことですよね。正規のルートから抗議すればいかがですか?」
「残念ですが、それは無理です」
「なぜでしょう?」
婚約者がいるのに不貞を働いているのなら賠償問題に出来る。それに婚約者がいる殿方にちょっかいを掛けている令嬢だって醜聞として大きな打撃となるはずだ。
「まだ浮気をされていないからです。と言うか、婚約以前に出会ってすらいません」
「…………………………」
「だから、そこで黙らないでくださいよっ!」
「そうは言われましても……」
さすがに意味が分からない。
将来婚約することが内定している、と言うことだろうか? 婚約予定の相手に恋人がいて嫉妬するというのなら……まぁ理解できなくはない。
それが浮気かどうかは微妙だし、ましてやそれが理由で相手を暴漢に襲わせるのは……
「ちゃんと事情を説明するからそんな目で見ないでくださいよぅ~」
シャルロッテ殿下が涙目で訴えてくる。……ちょっと可愛い。もう少し困らせたい気になってくるが、さすがに意味が分からないのは気持ち悪いので事情を聞くとしよう。
「……長い、長い夢を見たのです」
「夢、ですか?」
「ええ、とてもとてもリアルな夢です。その夢を見たのはおよそ半年ほど前で、夢の中の私は破滅するまでの数年を過ごしました」
シャルロッテ殿下が言うには、夢の中の彼女はそれが現実だと思っていたらしい。
日々を過ごすなかで学園に留学して、伯爵家の跡取りと恋に落ち、親の勧めで婚約に至ったものの、相手が浮気をして、それを知ったシャルロッテ殿下は嫉妬に狂って破滅したそうだ。
「……なるほど、分かりました」
「え、本当に分かってくださったんですか!?」
「はい。俺の幼馴染みが優秀な治癒魔術師なので連絡を取りましょう。彼女なら体の傷だけでなく、心の病にも対応してくれるはずです」
「心が病んでいる訳ではありません!」
どう考えても深刻に病んでると思うぞ――とは、さすがに自重して言わなかった。まあ顔には出してしまったので、あまり意味はなかったようだが。
だいたい、予知夢なんて……いや、アイリスがいつかそんなことを言ってたな。彼女は聖女と呼ばれるほどの治癒魔術師だから不思議じゃなかったが……
「お願いですから信じてください!」
「と言われましても。事実だとしても、悪事を働かなければ済む話ではないですか? それ以前、浮気をされると分かっているのだから好きにならないのでは?」
「かもしれません……けど、回避できない気がするんです」
「なぜでしょう?」
「だって、ダメだと分かっているからと人を好きにならないですむのなら、この世界に禁断の愛なんて言葉は生まれないと思いませんか?」
「それは……たしかに」
使用人が主の妻と不貞を働いて殺されるなんて話は珍しくもない。ダメだと分かっているからと恋に落ちないですむなら、そんな話は存在しないだろう。
「と言うことは、相手がそれだけ魅力的と言うことでしょうか?」
「……うぅん、そうなんでしょうか?」
「いや、貴方の好みの話でしょう?」
「そうなんですけど……」
シャルロッテ殿下いわく、いまの自分はそこまで魅力的に感じていないらしい。ただ恋に落ちる切っ掛けが強烈で、その状況になったらどうなるか分からないと危惧しているらしい。
「私、どうやら惚れっぽくて、しかも一度惚れたら一途……と言えば聞こえは良いんですが、融通が利かないというか、周りが見えなくなると言うか……」
「はぁ……なるほど」
だからこそ、浮気をされて嫉妬に狂ったってことだな。
「では、浮気されないように対策を立てるというのはどうですか?」
「……それは、無理です。相手は聖女と噂されるくらいの治癒魔術師で、しかも胸はおっきいし、むちゃくちゃ可愛いんです。私じゃ勝てるはずがありません」
「シャルロッテ殿下も十分に可愛いと思いますが……」
と言うか、聖女? もしかしてアイリスのことだったりは……いや、あいつは顔はともかく、性格はあれだし、胸も大きくないから別人だな。
治癒魔術が得意な女性が周囲から聖女と呼ばれることはたまにあるので、将来そういう女性が現れるんだろう。
だが、そもそも彼女の話は本当のことなんだろうか? あれもダメ、これもダメと否定的な意見が続いていて、本当に解決するつもりがあるのか疑わしい。
「単刀直入に聞きますが、俺にどうして欲しいんですか?」
「……正直に言えば、なにか打開策が欲しいです。でもそれが無理なら、家を出て冒険者でもなんでも良いので、独り立ちできるように協力して欲しいです」
「それはつまり、冒険者になりたいがゆえの方便では?」
最初から疑っていたことを言葉にする。
魔術に予知の類いは存在しないが、神々の天啓を始めとした奇跡は存在する。めったにあることではなくとも、それがシャルロッテ殿下にあったとしても不思議ではない。
だが、彼女が冒険者に憧れ、冒険者になるために嘘を吐いている可能性の方が高い。
「疑わしいことを言っている自覚はあります。だから、提案があります」
「提案……ですか?」
「私がこれから自分の未来を当てて見せます。そうしたら……信じてくれます、よね?」
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