第4話
「魔術の行使には、三つの工程が存在します。大気中に存在する魔力素子(マナ)を取り込んで魔力へと変換し、次に魔法陣を組み上げ、そこへ魔力を流し込むことで魔術は発動します」
お城の案内をしてもらった後。
さっそくシャルロッテ殿下に請われ、中庭の片隅で魔術の講義を始める。俺の話を聞いている彼女は一生懸命で、さきほど俺に囁いたことなど忘れてしまったかのようだ。
だが、あのやりとりは間違いなく現実だし、彼女が忘れているはずもない。おそらくシャルロッテ殿下は、その辺りの切りかえが上手なのだろう。
いまは真面目に授業をするべきだと、俺も意識を切り替える。
「流し込む魔力の大きさや純度、それに魔法陣の種類は精巧さで効果や威力が変わります。ここまでで、なにか質問はありますか?」
「先生はさきほど三つの工程と言いましたが、詠唱は工程に入らないんですか?」
「良いところに気付きましたね。たしかに一般的な魔術の行使には詠唱が伴いますが、魔法陣を描くイメージを補強しているだけで、必須という訳ではないんです」
たとえば長剣と口にすれば、長剣を見慣れている人はすぐにその形を脳裏に思い浮かべるだろう。それと同じように決まった魔法陣を思い浮かべるための詠唱なのだ。
魔法陣を描くことが出来るのなら、詠唱自体は必須ではない。
「必須ではない? 詠唱がなくても魔術を行使できるんですか?」
「ええ、少しやってみましょう。あの花壇を見ていてください」
庭先にある花壇へと視線を向け、説明に向きそうな詠唱を
「
虚空に発生した小さな小さな水の粒が、雨のように花壇へと降り注ぐ。
乾いていた土が十分に潤うのを見届け、魔力の供給を止めた。一瞬で新しい雨粒が生まれることはなくなり、空に小さな虹が浮かぶ。
「わぁ~、凄く綺麗ですっ」
「少し出来すぎでしたね」
虹が浮かぶのまでは計算に入れてなかった。
俺は苦笑いをしながら、今度は魔法陣だけを浮かべていく。
「さっきのは、数多という詠唱で効果を複製する魔法陣を思い浮かべ、水の粒という部分では小さな水を生み出す魔法陣。そして降れという言葉で方向を指定せずに魔法陣を繋ぎました」
俺の周囲に、さきほどと同じように三つの魔法陣が浮かびあがる。これを用途に応じて繋ぎ合わせ、魔力を供給すると魔術が発動するのだ。
「ようするに詠唱は絵描き歌のようなものですね。慣れれば詠唱を短縮することも可能ですし、そもそも詠唱がなくても発動します。だから――」
三つの魔法陣を消して、今度はそれらを一つに詰めた魔法陣を描き上げた。
「ふわぁ、複雑な魔法陣を描くのって中級クラスですよね? なのに、それを無詠唱で描いちゃうなんて、さすが先生ですっ」
「驚くのは早いですよ」
俺は笑って、追加で水に癒やしの力を含ませる魔法陣と、自分を中心にドーナツ状に広域化する魔法陣を構築して繋げ、そこに魔力を注ぎ込んだ。
自分達が立っている場所を除いて、中庭全域に癒やしの雨が降り注ぐ。
「す……凄い。凄いです先生! いまの、癒やしの雨ですよね! 自分達を避けるように広域化させるなんて、見たことも聞いたこともありません!」
「まぁそうでしょうね」
思わず苦笑いを浮かべた。
癒やしの雨を降らせるのに、中心にいる自分達を対象から外す理由がない。従来の魔術なら、自分達を中心に雨が降ることになる。
「先生は、どうしてこんな魔術を知っているんですか?」
「知っているというか、たったいま作ったんです」
「つ、作った……ですか?」
「ええ、シャルロッテ殿下を雨に濡らす訳にはいきませんからね」
シャルロッテ殿下ばかりか、控えていたメイド達からも驚きの声が上がる。「癒やしの雨って、まさかロストマジック……」なんて声も聞こえるがそれはいくらなんでも大げさだ。
自分達を避けるために少し複雑にしたが、それでもせいぜいが中の上くらいだろう。
それよりも、俺はシャルロッテ殿下の発言にこそ驚いた。
アランド陛下の言葉を信じれば、シャルロッテ殿下に魔術の才能はない。なのに、さきほどの魔術を見た彼女は、それが癒やしの雨だと当たり前のように見破った。
彼女はなぜ、あの魔術が癒やしの雨だと気付いたのだろう?
やはり、彼女にはなにか秘密がありそうだ。
そんなことを考えながら、俺は最初の講義を終えた。
その日の夜。
夕食を終えて部屋に戻った俺は、人目を避けて部屋から抜け出した。警備が厳重な城の内部と言うこともあり、俺の部屋周辺は自体はそこまで警備が厳重ではない。
だが、さすがにシャルロッテ殿下の部屋に繋がる廊下には見張りの兵士が立っていた。
彼らの目を魔術で誤魔化すことは不可能ではないが――と、一度戻って中庭へと回った。
シャルロッテ殿下にあちこち案内されたときに、彼女の部屋の窓を教えてもらった。夜なら普通は閉まっているはずだが――と、魔術で飛び上がってバルコニーに潜入する。
すると予想通り、部屋へと続く扉の鍵が開いていた。
念のためにと、小さく扉をノックする。
ほどなく扉が少しだけ開き、顔を覗かせたシャルロッテ殿下が入ってくださいと囁く。俺はそれに従い、シャルロッテ殿下の寝室へと足を踏み込んだ。
魔導具の明かりに照らされた部屋は、お姫様らしいシックな家具で揃えられている。そんな部屋の真ん中に、薄手のナイトウェアに身を包んだシャルロッテ殿下が立っていた。
彼女は短いスカートを引っ張って、少しだけモジモジしている。
恥ずかしいなら、そんな恰好をしなければ良いのに――とは思わない。
お姫様である彼女は、着替え一つ取っても一人ですることは許されない。人払いをするには、寝ると偽ってナイトウェアに着替えるしかなかったんだろう。
つまり、彼女にとってはそこまでして隠したい相談事、ということだ。
「ここまでして冒険者である俺になにを求めるのか、話してくれますね?」
「……それは、その……笑わないで聞いてくださいますか?」
「笑うつもりなら、危険を冒して部屋に来たりはしませんよ」
お姫様の寝室に忍び込むなんて、バレたら大変なことになる。もちろん、いざというときの保険は用意しているが、それなりのリスクも自覚している。
それは俺が、シャルロッテ殿下が本当に困っていると思ったからだ。
「さぁ、聞かせてください」
「わ、分かりました……っ」
シャルロッテ殿下は意を決したように距離を詰め、俺の服に縋り付いてくる。
「実は……その、わ、私、オトナになりたいんです!」
「……はえ?」
聞き間違いかと耳に残る言葉を反芻するが、たしかにオトナになりたいと聞こえた。それにシャルロッテ殿下の頬は朱に染まっており、俺を見上げる瞳はどこか潤んでいる。
ま、まさか、冒険者に憧れるってそっちの意味!?
いや、落ち着け。さすがにそれはないはずだ。
そもそも、師匠の頼みだから受けたけど、権力者と深く関わるつもりはない。ましてや相手は師匠の孫娘だ。俺が深入りする訳にはいかない。
俺は咳払いをして気持ちを落ち着かせ「それはどういう意味でしょう?」と問い返した。
「私、このままだとオトナになる前に破滅しちゃうんです!」
「ん、んん? ええっと……どういう意味でしょう?」
「だから、このままだと私は、オトナになる前に破滅しちゃうんです。でもでも、そんな風に死んじゃうなんて悲しいじゃないですか! 先生だって悲しいって思うでしょ?」
「ええ、まぁ……思います、が……」
死ぬのが悲しい。それは分かるのだが、彼女がなにを言っているのかさっぱり分からない。
「ええっと、破滅すると言いましたが、この国が借金まみれとか、そういう話でしょうか?」
「違いますっ。大国のように裕福ではないけれど、借金とかはありません」
「まぁ……そうですよね」
大国であるリムリアとも魔導飛行船の定期便で繋がっている。大国に狙われるほど豊かな国ではなく、けれど貧困に喘ぐほどに貧乏でもない。
ほどよい小国として繁栄しているはずだ。
だとしたら……
「言っておきますが、父が悪事に手を染めているとかでもありませんよ」
「なら、貴方が誰かに狙われているとか?」
「王族としてはそれなりに敵もいますが、私が助けて欲しいのはそのことじゃありません」
「では、破滅とはなんのことですか?」
このままでは埒があかないと結論を求める。
彼女は少し視線を彷徨わせたあと、意を決したように口を開いた。
「私は将来、処刑される運命なのです」――と。
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