第3話
プラチナブロンドの髪に縁取られた小顔には、深く吸い込まれそうな青い瞳。鼻筋は通っており、口は小さくも愛らしい。なにより、髪の下からわずかに尖った耳が顔を出している。
人間とエルフのミックスである彼女は師匠の孫娘だ。
「なん、で……」
「あぁ、やはり驚くか。娘はフィーナ様に良く似ているだろう?」
「……え? あぁ……そう、ですね」
アランド陛下に指摘されて気付く。
師匠とその孫娘であるフィアリスはわりと似ている。フィアリスを知らない人間であれば、フィーナと似ていると感じるだろう。
フィアリスを知っている俺にとって、彼女はフィアリスそのものだが――
「シャルの母は、フィーナ様の娘なのだ」
「なるほど……」
つまりはフィアリスの再従姉妹、驚くほどに似ているのも説明がつく。
と言うか師匠のやつ、なに掛かりのある相手の娘だ。自分の娘に頼まれただけじゃないか。
さては、俺がこの事実を知ったら断ると思って隠してたな? 実際、事前にこの事実を知っていたら、断っていたとは思うから、判断は正しいともいえるが……
「初めまして、ノエル先生。シャルロッテ・フレイムフィールドです。先生には色々と教えてもらいたいことがあるんです、よろしくお願いしますね!」
目が合うと、彼女は愛らしく微笑んだ。当然のように俺のことを知らないようだ。
よく考えればフィアリスのはずはないな。それに、よく見れば目の色が違うし、フィアリスよりも少し幼いような気がする……って、来年学園に留学するなら当然か。
「初めまして、シャルロッテ殿下。俺はノエルと言います。粗忽な冒険者なので礼儀をわきまえぬ発言もあると思いますが、どうかご容赦ください」
相手が一国の姫であることを考えれば粗野な言い回し。
シャルロッテ殿下が不機嫌になる覚悟の上だったのだが、彼女は笑顔で「もちろんです。先生が教え子に気を使う必要なんてないですよ」と人懐っこい笑みを浮かべた。
そればかりか――
「ノエル先生、いきましょう。私がお屋敷を案内します!」
そう言って俺の腕を取り、ぐいぐいと引っ張ってくる。
この子、一国のお姫様とは思えないくらい人懐っこいようだ。だが、異性の腕を胸に抱き寄せるのは無防備が過ぎるのではないだろうか?
「ちょっと待ってください。俺はまだアランド陛下とのお話が終わっていませんので」
さり気なく腕を抜こうとするがシャルロッテ殿下は放してくれない。あぁ、アランド陛下の三角になった目が怖い。俺がたぶらかしてる訳じゃないんですけどね?
「お父様、良いでしょ?」
シャルロッテ殿下は俺から離れるどころか、甘えるような上目遣いをアランド陛下に向けた。アランド陛下の顔がデレッとなる。
……あ、これ、ダメなヤツだ。
「し、仕方ないな。ノエルくん、娘の相手をしてやってくれ」
「……かしこまりました」
アランド陛下が許可を出すならどうでも良いやと素直にしたがった。そうして部屋を出たあとも彼女に腕を引かれた俺は、そのまま屋敷を案内される。
「あの扉の向こうが食堂で、こっちの廊下の向こうには使用人向けの部屋があります。でもってあっちが中庭。社交シーズンになるとパーティーを開催したりするんですよっ」
シャルロッテ殿下は俺の腕を抱えたまま、あちこちを案内してくれる。
こうして見ると、性格はフィアリスとあまり似ていない。彼女はこんなに人懐っこくなかったし、少し人見知りな女の子だったからな。
だが、明るく見えるシャルロッテ殿下も、冒険者を求めるような何か事情を抱えている。こうして話している分には、特に悩みがあるようには見えないが……はてさて。
「先生、なにか聞きたいことはありますか?」
「いいえ、必要な場所は十分に案内してもらいましたよ」
「私のことでも良いですよ? ちなみに、私の部屋は、あの窓がある部屋です」
中庭の向こうにある窓を指さし、上目遣いで俺を見る。その悪戯っぽい瞳の奥に、こちらを試すような意図が見え隠れしている。
……この娘、人懐っこいだけの女の子ではないのかもしれない。
「そうですね……では、せっかくですから質問させてもらいましょうか。随分と可愛らしい服装ですが、この国の流行なんですか?」
「ふえっ!?」
シャルロッテ殿下は可愛らしい声を零した。おそらく俺に質問を許したことで、彼女の目的について踏み込んでくると予想していたのだろう。
あるいは、俺が父親の回し者的な立場であることまで疑ったのかもしれない。
「先生は、私の服装を見てもおかしいって思わないんですか?」
「リムリア国ではあまり見ない服装ですね。ですが、この国は暖かいようですし、その服を着る貴方はとても可愛らしいと思いますよ」
ちなみにシャルロッテ殿下が身に着けているのは刺繍入りのブラウスに、レースを重ねたフィッシュテールスカート。前後で丈が違い、前面はガーターベルトが見えるほどに短い。
自国の貴族なら顔をしかめそうなデザインだが、街の住人なら珍しくないし、異国であることを考えれば不思議でもなんでもない。
「か、かわ……ぃい……」
「どうかしましたか?」
「い、いえ、なんでもありませんっ! ただ、前に他の国の貴族がこの恰好を見たときは、はしたないって顔をしかめられたので、ちょっと驚きました」
「まぁ国によって違いますからね。それに俺は冒険者ですから」
その言葉に、シャルロッテ殿下はピクリとその身を震わせた。
「ノエル先生は本当に冒険者なんですか?」
「貴方のお父様が寄越した、偽物の冒険者だとでも思いましたか?」
「……ちょっとだけ。聞いていた冒険者と違って、すごく口調が丁寧だったから」
「なるほど。その辺りも俺が選ばれた理由の一つみたいですよ。あと、これは俺も知らなかったんですが、貴方のお母様は俺の恩師の娘です」
「母を知っているんですか!?」
驚くシャルロッテ殿下に対して首を横に振る。
「師匠に子供や孫がいることは知っていましたが、貴方達のことは初耳です」
「そう、ですか……」
あら、目に見えてしょんぼりとしてしまった。なにかあったのかと問い掛けると、彼女の母親はずっと以前に他界しているという話を聞かされた。
だから、もし俺が母親のことを知っていたら、話を聞いてみたかったそうだ。
「貴方のお母様には会ったことはありませんが、リムリア国には師匠やその娘がいます。留学したら一度話を聞いてみたらいかがですか?」
「そうですね、そうします!」
クルクルと表情が変わって可愛らしい。
ともあれ、元気を取り戻してくれたようで良かった。そんな風に思っていると、彼女は唇の端に指を押し当てて小首をかしげる。
「ところで……私がどうして冒険者を家庭教師に求めたのか聞かないんですか?」
「答えてもらえるのならぜひ。このままだと、なにを教えれば良いのかも分かりませんから」
「そう……ですね。剣術や魔術は教えてもらいたいです」
「それだけですか?」
「いいえ、魔物との戦い方も知りたいですし、街での暮らしも教えて欲しいです」
シャルロッテ殿下はあれこれ思い出すような素振りをしながら、俺に習いたいことを並べ立てていく。その内容はどう考えても、平民として暮らすことを意識しているように思える。
やはり冒険者の暮らしに憧れているようだ。
そう思ったのだが――
「それに出来れば、自分を陥れようとする相手を返り討ちにする方法も教えて欲しいですし、自分に振るえる権力を使って、他の権力者に対抗する術も教えて欲しいです」
続けられた言葉は、どう考えても冒険者の生活から外れている。
「ちょ、ちょっと待ってください。なぜそのようなことを俺に聞くのですか?」
「もちろん、冒険者と貴族では住む世界が違うことは分かっています。ですが、わたくしの事情を鑑みるに、柔軟な考えを持つ冒険者を頼るのが一番だと思ったんです」
ますますもって意味が分からない。
だが、世の中に無意味なことは存在しない。無意味に思えることは、自分に理解できないだけのこと。少なくとも、シャルロッテ殿下にとってはなんらかの意味があるはずだ。
「シャルロッテ殿下、俺になにを求めているんですか?」
「それは……ひ み つ です」
唇に人差し指を押し当てて、いたずらっ子のように微笑んだ。信用されていないのだろうかと考えると、俺の内心を見透かしたかのように彼女は首を横に振った。
そして、ちらりと周囲に視線を走らせる。
俺達はまるで二人っきりのように話しているが、彼女の使用人は影のように付き従っている。その使用人にすら聞かせたくない話、ということのようだ。
俺が異性であることを考えれば、二人っきりという瞬間はまず存在しないだろう。だが、どうにかして、彼女の目的を聞いた方が良い気がする。
どうしたものかと考えを巡らしていると、彼女が一瞬だけ俺の耳元に唇を寄せた。
「今夜、誰にも知らせずに私の部屋に来てください」
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