第11話 先制
統治者としても評価の高かったリアンドルと反対に、『王龍』カララッセは武門一辺倒の人物であった。策謀にも明るくなく、デヨン死後ヤスーンに下りその腕を振るう機会に恵まれず病死、家門も断絶の憂き目にあった。
力ばかりの猪武者というのが現世での評価である。人格的にも酒好き女好き短気者と芳しい逸話もない。
だが、同時代最強の戦士であるのも事実だった。3英傑の時代を通して比肩する者もそう目されるものもついぞ現れなかった。
よりにもよって、それを相手にせねばならない。シュラサイドを除いた一行らの空気を感じ取ったのか老人は不安な顔で再度頭を地面に擦り付けた。
「どうか……! 最早国もあてにできません」
不死英傑の跋扈する世でも当然国はある。当初は過去の遺物たる彼らを排除せんとしたが悉く打ち破られ、牙と爪の届かぬ限りは害のない猛獣と見做し無視している状態であった。無論、苛まれる人々を助け余計な傷を負わんとするはずもない。
ジョードはこれまでそのことを意識しなかったが、老人に言われると自身と重ねてしまう。決定権は幸い持っている、迷いはするが見捨てるのはより心苦しい。
「一気に決めるか」
「そう、その意気よ!」
シュラサイドと意見が一致してしまったのには不安を覚えたが、ジョードは成すべきを決めた。
決定はしたが問題があった、村人がジョードの不在に拒否感を示したのだった。英傑二人は文字通り捕食者、ニスキルは巨人を現在できないのであれば当然の反応ではある。
どうにか説き伏せると、今度はペペトナが計画を伝えたことでガーナの配下がやってきた。反旗や巨人計画、リアンドルについては黙っていたが、全てを隠蔽すれば疑われると判断したためである。
その英傑は相手がカララッセであることには興味は示したが、その背景である侵攻や被害には無頓着であった。了承と報告、ジョードを数回細切れにして肉を得ると立ち去った。
脅威ではない。それがガーナらの総意なのだろう。
ジョードの焔はより強くなった。多少役立つ餌という屈辱に、意地と矜持が青年の新たな原動力の一つに組み込まれていく。
ともあれ、今はまだ力が足りない。使者による細切れに食欲を増進させられたシュラサイドとペペドナに齧られながら、ジョードは巨人の力を欲するのだった。
翌朝、ジョードたちは村人に見送られながらクロに乗って老人の村へ飛びたった。二スキルは新たな球の製作で留守番となり、顔を出していない。
老人に言われるままクロを動かし、時折食われることとシュラサイドの猛り、死の間隔に悩まされながらも一行は村へと飛行を続ける。
道中で戦争の爪痕を見るたびにジョードは息を呑んだ。故郷や廃村がまさしく日常で、生物も自然も凄まじい破壊に晒され続けていた。戦争であれば愚かを嘆きもしよう、だが、これを犯しているのが過去の英傑たちであるのがジョードには許せなかった。
「終わらせる……」
「待ってなさい『王龍』‼ あたしが滅ぼすわ!」
「お~」
「だから食べるななななっ」
何より、こうして貪り続けられる己を解放せねばならない。
「あ、あの大丈夫ですか?」
「平気、それよりも着地場所を決めとこう。見つかると迎撃が―」
空に放り出された。
すぐさま襲い来る落下の引力と風圧に全身を叩きつけられながら、ジョードは何が起こったのかを把握しようとした。が、哀しいことに不死身以外は常人である彼には視力も思考も十全に発揮できない。
「な、何故⁉ 俺だけは逃すと―」
老人の声に、ジョードは裏切りと言う文字をどうにか連想した。
あれほど真摯に思えた態度は造り物だったのだろうか。であれば、怒りや失望よりも感心が彼に最初に訪れた。
「―‼」
落下中でも感じる程の空震を受け、ジョードは視界の端にそれを見た。
龍。
間違いなく、『王龍』カララッセの脅威だ。
「‼」
大地との接触を果たしたジョードは、数回の跳ねを経て回復を始めた。少し離れた場所に、老人だった肉が体中から骨を突き出しつつ転がっていた。多少は意識があるのか、口が動いているが言葉は出てきていない。
「―⁉」
それ以上の情報を得られずに、ジョードを暗黒が塗りつぶす。
橙色の巨龍が、彼を踏みつぶしているのだった。4枚の羽と強靭な足、無数の角と鼻に走る傷、鱗の一枚が人の頭ほどもあった。
「―‼」
空震を引き起こす咆哮と共に、巨龍はより強くジョードへと圧を強めた。
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