第10話 『王龍』

 老人は家に着くと、集まったジョードらと唯一中へ入れる青のリアンドルへ深々と頭を下げた。

「わが村が、奴らに苛まれています。デヨン天に痛撃を加え、我らを救いくださったと聞きます皆様に是非お力を」

 村人が方々に触れ回ったのだろうとジョードは推理した。地獄から生還した歓喜であればよいが、自慢であったならこの境遇で他者に優越したくなったのだろうかと嫌な気分になった。

 老人はひたすらに頭を下げ続ける。むき出しの地面に額をこすりつけて、もとよりくすんだ肌が砂にまみれていく。

「どうか、どうか」

「デヨンのとこなら当然よ! いくわ!」

「詳しく話して、包み隠さずにね」

 シュラサイドを無視してペペトナが老人に淡々と告げた。

「わざわざ同じ不死に相談するってことは、共倒れ狙い?」

 二スキルは非難するように眉をひそめたが、彼女の意見はジョードも賛成する部分があった。自分たちも同じ不死、ぶつけてどう転んでも損はない。

 老人はあわてて顔をあげた。その浮かべた恐怖と焦りの表情、土の付着した額には嘘偽りがないように見える。

「そのようなことは……! もし奴らを排除してくだされば、我らは村を明け渡します。以降は皆様の領土です」

「う~ん、どう思う―」

 意見を聞こうとしたジョードの首がもがれて、頭をペペトナが、腕をシュラサイドが齧り取っていた。

 老人は腰を抜かしニスキルも嫌悪を露わにする、空腹を満たすというよりも、威圧を目的とした二人の食事だった。

 再生し文句を言おうとしたジョードは、老人の蒼白な顔を見て黙り込んだ。英傑らの被害者と自身を定義し、村人の態度もあって平凡な一個と思っていたが、知らぬものには英傑に食われる不死身の化物『尽きない馳走』なのだ。

 英傑二人は肉をしゃぶり、青年も黙ってしまったのを受けて二スキルが苦々しくも口を開いた。彼本人は乗り気でない、内向的で排他的であったし、あくまで目的は故郷を廃した英傑たちへの復讐。人々の救助は二の次だ。

「どうする」

「やるわよ」

 シュラサイドの喚きは無視された。

 口を拭い、ペペトナはジョードの肩へ手を置いて囁いた。

「あんた次第よ」

 迷うところである。今の村人は助けて老人の懇願に決断しかねるのは矛盾に見えるが、それは『自分が決めたか否か』による。

 先だっては過去を思い出せる状況であり、共感することができた。しかし、今は彼の人生でも初めての経験であった。化物であれど、寒村の一市民以上ではない。

「……やろう」

 であれ、導き出した答えが救助であったのだから彼は善性と言える。大望を成しえるには欠かせない長所であった。

 老人は顔面を土に擦り付けて感謝を示した。流れる涙を見て、ジョードは受けて良かったのだと思った。

「ところで、どんな英傑に襲われてるの?」

「は、はい、デヨン天の『王龍』の部隊です……」

 ジョードは思わず青のリアンドル、即ち同化される前の英傑に注目した。

 シュラサイドも興奮のあまり身を乗り出して肉片を飛ばしながら叫ぶ。

「カララッセ⁉ いいじゃない! わたしたちにはやっぱり天がついてる!」

 ニスキルが表情を一層険しくし、ペペトナは愉快そうにジョードにしだれかかった。

「有名人で嬉しいでしょ?」

「……そんな気分になれないよ」

 デヨンのもう一つの腕、リアンドルと同格とされる英傑であった。

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