第5話 帝虎
雪の狼たちは英傑たちに奇襲を成功させた。
「ガーナ公か? ヤスーンか?」
「初めて見る呪術だ」
しかし、不死相手には当然決定打とはならない。馬ですら身動きできない雪に埋められても、平然と英傑は動くことができた。
「っく、ほら! さっさと巨人でやりなさいよ!」
「じゃあ今の意味は⁉」
頭を抱えながらもジョードは巨人を動かした。
「赤い巨人さん! 頼む!」
「めんどうくさいけど仕方ないワネ」
赤の巨人を命じたのは直感であった。触手のような髪がかきあがると、一本一本の先端から赤い光線が発射された。
英傑らは雨の如き光線をかいくぐって接近したが、吹き飛ばされた肉体の一部が再生しない事を確認するとすぐさま回避し逃走を選んだ。
「見なさい! デヨンの手下だからあれだけで逃げるわ!」
「逃がさずに倒すんだ!」
「やってるワヨ」
歓喜するシュラサイドと対照的にジョードは赤の巨人に完全な打倒を命じたが、結局森に逃げられてしまった。
「残念~」
「うるさいよっ」
ペペトナの揶揄いに過剰にジョードが反応したのは、逃れた英傑たちそのものよりも彼らが『不死を滅せる力』をデヨンに伝えてしまうことへの危機であった。
手の内を知られ、対抗策を打たれれば質でも量でも勝ち目が無くなる。
「追うのか?」
「逃げるんだよ」
「何言ってるのよ! このままデヨンを討つのよ!」
「きみ本当に『白銀』?」
『天座』デヨンに敗北したものの、その能力は非凡と謳われたはずの英傑は我儘娘も同じであった。ガーナ陣営の英傑が食屍鬼であることを除けば、名声に恥じぬ能力の持ち主ばかりであることも相まって、ジョードは彼女を支持してしまったことを後悔し始めていた。
「だったらさっさとするのね~」
「言われなくても……」
その時ジョードは視線を感じ取った。村人からの恐怖の視線であった。
「……赤い巨人さん、馬を掘り起こして」
「あん? ……いいケド」
雪に潰され瀕死の馬を巨人に掘り出させ、ジョードは村の前にそれを置かせる。
「食料とかにしなよ」
後ろめたさの誤魔化しであったが、干物と化している彼らを見ると故郷を思い出してしまう。村人たちは警戒しつつ馬を引きずり、火を起こして肉を切り取り餓鬼のように貪りだした。
自身が捕食されている光景を思い出してしまうが、それでも空腹にさいなまれるよりはましだとジョードには思えたのだった。
「英傑なのに、なんでこんなひどいこと」
「無意味だから」
ペペトナが答えた。
「未来で死なない、おまけの生、真面目にふざけるしかないんじゃない?」
乾いた笑いがジョードから漏れていた。
「でも、永遠にやる気?」
「無理ね~、心が持たないでしょ。定命の生き物なんだからそこはね、だから楽しんでるの」
「そんなななななっ」
「腹減ったナ」
抗議の最中、黒の巨人にジョードは齧りつかれた。
足から食われつつ、ペペトナの台詞を反芻するとある程度の納得には至った。夢の中で自由に動けるようなものなのだろう。
同時に希望も見えてくる、百数十年もすれば英傑たちも無力化するかもしれなかった。
「ワタシモクウ」
「ちょっと、働いたのはわたしヨ」
巨人たちに引きちられても、飛び散った肉片からジョードは再生する。再び感じる視線が村人のみならず、二スキルからも送られていることで自分と英傑たちの立場がそう変わったものでないと痛感できた。
全てが成就したとして、何が残るのだろうか。
「あ! 来たわよ! デヨンの手下!」
そんな感傷を慌てて消してジョードは眼前の敵に対する。
空から一人の英傑が降ってきたのだ。銀と金のまだら髪を備えた偉丈夫で、歳はジョードとそれほど変わらない。
「『帝虎』 リアンドルだ! す、すごい!」
仲間、村人、巨人たち、そして英傑までも戸惑うほどジョードは興奮していた。
著名な英傑の実物を見たことが、それまでの『ややこしい』思考を忘れさせている。あるいはこの性質のために、彼は今日まで生き永らえてきたのかもしれない。
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