第4話 百聞と一見
『食事』を終えてナーガ達が今度こそ本当に退散すると、ジョード一行は新たなる立ち位置を与えられたことに直面せざるを得なかった。
シュラサイドはナーガに委縮したことを誤魔化すために、殊更に声高に叫んだ。
「とりあえず不死は問題ないわ! デヨンと戦うことになるのだって予定通りよ!」
ジョードは呆れてものも言えない。私怨が先にあって、生者と死者の問題は後回しになっていた。
ニキスルは呆然とし、女間者は全く平静のままでジョードにしだれかかってきた。
「それで、どうするの?」
「な、馴れ馴れしくしないでくださいっ、間者のくせにっ」
「そういう仕事だもん~、それと名前はペペトナよ」
「今更っ、それに聞いたこともない」
「名前の知られた間者ってもね~」
掴みどころなくへらへらと笑うこの女間者を、あるいはジョードは誰よりも恐れているかもしれない。一貫してナーガは彼女を自身に付けてきたからには、その腕は折り紙付きだろう。
軽く弛緩した雰囲気すら、造り出したものに思えてならない。
「で、どうするの?」
「デヨン天座と戦うしかないよ」
不死の維持のためにはそうするしかない、かつ、その間に味方となる不死の呪術を使える英傑を見つけねば綱から逃れられない。
「よく言ったわ、目の前のことから片付けていけば道は開けるものよ」
「そ、そうだね……」
正直に言えばシュラサイドは頼りとするよりも不安の方が大きいが、言ったところで攻撃されるだけだとジョードは沈黙を選んだ。
「デヨンはどこにいる」
「ナーガ公といつも戦争してるから、そこから遡って行けばわかると思う」
シュラサイドがしゃしゃり出る。
「こら、いちいち敬称をつけるんじゃないわよ。気持ちで負けてどうするの」
ジョードは舌打ちしたくなるのをこらえた。影で威張ることほど不愉快なこともない、自覚がないのは殊更にだ。
「狙うはにっくきデヨンよ! 気合入れなさい!」
すっかり先導気取りなのも反発を招く。しかし、争いややこしくなるのが面倒だからと誰も口を出さなかった。
赤の球を握って出した別種の巨人に乗り、一行は前線を目指していた。
黒の巨人と、無機質な図形が人型をかたどっているような姿の青い巨人も随行している。同時に巨人を使役できるか試しているのだった。
「うまいワネ」
「ひいー」
「つぎはオレダ」
「ワタシニモ」
ジョードはその間餌にされていた。
赤と紫でできた女体を持った巨人には顔がなかった。代わりに髪が触手のように蠢いていて、握った拳は残したままジョードを溶解させて捕食しているのだった。
黒と青の巨人も時折肉を裂いて食べている。恐怖と生命を吸われる反動で、ジョードはひどく痙攣していた。
「あああっああ……あっ」
「情報収集が先ね」
「珍しく賛成」
英傑二人はおろか、ニキスルすらこの光景に慣れてしまって関心を払わない。
一行が降り立ったのは小さな集落だった。
正確には、一度破壊された村がどうにか簡易な家々を建ててそれらしくみせているといった様相である。風がなくとも自然に崩れそうな壁が並んでいる。
「ここが前線なの?」
「前来たときはそれはもう……こら、噛まなあああああ」
「うめエ」
ペペトナは巨人に食されるジョードを無視して探索にかかった。
ほどなくして、暗い顔をした村人たちが家々から姿を現した。一様に痩せこけて、とりわけ表情が暗く沈んでいる。
「な、何用でしょうか……?」
一行に怯えながら、初老の男が尋ねた。かつてはふくよかな体型であったのか、枯れ枝のようになっても皮が余って垂れている。
「デヨンはどこ?」
「は……? あ、あのどなたですか?」
「デヨン天座だよ、生き返ったここら辺の英傑の元締め」
真っ二つになりながら再生していくジョードを村人は恐怖の目で見ていた。その態度よりも、それを新鮮に感じてしまう程不死に慣れた感性をこそ青年は忌んだ。
「あ、あなたちの方が知ってますでしょ?」
「うるさいわね、知らないなら―」
「来たわ」
ペペトナが指さす先に釣られると、馬に乗ってやってくる一団が見えた。
「ん~……ナーガの配下じゃないわね~」
「それじゃ天座の。どうやって情報を―」
「ここで会ったが百年目ええ!」
奇声を上げたシュラサイドを確認するよりも早く、猛烈な勢いで冷気がそばを通過したことにジョードは何が起こったのか理解した。
「『白麗狼』‼」
雪の呪術で創り出した狼の大群を、英傑たちへシュラサイドがけしかけたのだ。
「……阿呆ねえ」
あきれ果てたジョードには、ペペトナの言葉にどうにか頷くことしかできなかった。
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