第3話 出発点

 『食事』を終え、ようやくジョードは解放されてた。

 食欲に囚われたことを恥じているのか、シュラサイドは殊更に居丈高な態度を取ってみせた。

「とにかく、貴様には協力してもらうわよ」

「それはいいんだけど、食べないでね?」

「……もう一人の協力者を紹介するわ」

 シュラサイドが要望をはぐらかしたことに憤りつつ、ジョードは現れた協力者に目を止めた。

 浅黒い肌と整えていない髭の目立つ、30代の頑健な男だった。周りが呪術で朽ちた肉体を欺いている英傑ばかりであったジョードには、不潔と映る汚れ具合である。

「巨人の製造者よ、ニキスル」

 ニキスルはじろりとジョードと女間者を見た。

「奴らの餌か……」

 ジョードは怒って一歩を踏み出した。

「餌だったけど、それを言うなら黙ってないよ!」

「どうどう」

 女間者はジョードを抑えつつ、気迫に押されたニキスルを確認していた。強面ほど頑迷と言う訳でもなさそうである。

「こやつも英傑に村を滅ぼされた生き残り、復讐のためにわたし達に手を貸してくれている」

 ジョードはそれを聞くと勢いを殺さざるを得ない。同環境にある相手と言うだけで引けてしまう自身に憤りもあったが。

「って言うか、ぼくって結構知られてるの? 餌って」

「わたしもこやつから聞かされた」

「英傑だったら皆だし、その下のこの時代の人なら聞いてるかもねえ」

「食べものってことででしょ? 嫌だなあ……」

 奇しくもルエガミヨをジョードは思い出す。不名誉な名で知られるのが愉快であるはずがない。

「巨人はまだあるわ」

 ニキスルはシュラサイドの合図に従い、赤と青の球を差し出した。

 女間者が興味深そうにそれを見つめる。

「呪術なんだろうけどこんなの初めて見る。名のある人?」

「無名だ……これも褒められたものでない」

 短くニキスルは答えた。口下手と言うのもあるが、常人であれば発動さえできず即死する呪術など意味がない。暗殺用具としても、毒や暗器は他にいくらでもある。

 球をしげしげと眺めながらジョードは尋ねる。

「それで、不死身の方法はあるの『白銀』さん」

 大前提である自身の不死を英傑たちと敵対しながら保つ方法である。

 先ほど対策はあるとはぐらかしたシュラサイドであったが、不意を打たれたように硬直して見る見る赤面していった。

「じゅ、呪術を使える奴を味方に引き入れるわ」

「それって誰?」

「呪術を使える奴! 英傑なんだからいるでしょ!」

 ジョードとニキスルは全く同じ動作で頭を抱え、互いにそれに気づいて慌てて止めた。

「あのね、それをどう見つけて味方にして呪術を使わせるの」

「私が何としてもやるわ!」

 シュラサイドは完全に駄々っ子であった。

 口には出さずとも、ジョードはデヨンに敗北し『白銀』の異名を得た彼女の最後は醜態を晒すよりは恵まれた終わりだったのだと思った。

「そういってるけど?」

「中々面白いのだわ」

 ナーガの声であると最初に気付けたのはジョードだったが、それ故にすっかり周囲を囲まれているとも理解できてしまった。

 名うての英傑が準備万全の格好で廃村の各所に陣取っている、一撃を命じればジョードたちはひとたまりもあるまい。

 シュラサイドは、ナーガを認めると傍目にもわかるほど委縮し、震えさえ起こしていた。

「な、ナーガ公……」

 ナーガはシュラサイドを見、眉間にしわを寄せて誰か思い出そうとしたが果たせずに無視する形をとった。

 幾分かほっとしているシュラサイドの姿に、ジョードは複雑な気分になった。歴史上の人物の間に面識があった場面を楽しめる反面、彼女がやはり英傑と言われつつも高名を残せなかった所以の一端が見えたからだ。

「ぬしよ、今回の反逆は中々いい線いってるんでないの?」

「は、はい……きみは最初から裏切ってたんだな」

「間者だもーん」

 へらへらと女間者はジョードの非難を受け流した。

「まさか、俺たちを殺せる呪術があるとは思わなかったのだわ」

「それでー、やっちゃうの?」

「あっ……」

 いつの間にか、ジョードの手から球が女間者によって奪われていた。

「なにやってるのよ! この間抜け!」

「とっくに不死の呪術なんか解除されてて使えないよ。もうっ」

 ジョードは石を拾って握り込んだ。戦闘技術は何ももたず、恐らく不死でもなくなったが最後まで抗おうとは思っている。

 ニキスルも観念したのか、小刀を構えて戦う素振りを見せていた。

「いやあぬし、戦う前に同盟を結ぶって手もあるのだわ」

「え?」

「すぐ死のうとするのは良くない、糞を食ってでも生き残る気概が大事なのだわ」

 脅威と見なされていない。

 ジョードはそう理解した。ナーガにとって、否、英霊たちには『これ』が、警戒すべき危機でなく思いがけない興に過ぎないのだった。

 その証拠に、ジョードたちは誰一人としてまだ一撃すら受けていない。

「死んじまうってのはいい危機感だわ。デヨン、ヤスーンとの喧嘩にもそろそろ倦んできてるし、あいつらとやりあうんなら協力するのだわ」

「! デヨンと⁉ ね、願ってもいない!」

 平伏する勢いでシュラサイドが飛びついた。

「先ほどの件は不問にするのだわ、ただし、次はないのだわ。俺たちの誰かがぬしらのせいで死んだらそこまでだわ」

「あたしは?」

「今までと同じなんだわ。さ、伝えたから後は好きにするのだわ」

 ナーガが指を鳴らすと同時に、英傑たちは一瞬でかき消えた。

 ニキスルは気が抜けてへたりこみ、女間者は球をジョードに返し、シュラサイドは独りで呟いた。

「よしよし、まずはデヨンを……それから……」

 一行をひとまずの安堵が包んでいた。

 ジョードを除いてだが。

 青年の胸に激しい屈辱が渦巻いていた。相手は英傑、自身は凡人、そう誤魔化してきた葛藤がナーガの振舞で蘇ったのだった。

食糧にされ、滅せる力を得ても脅威と見なされない。それが貶める気もなく、ごくごく当然に行われていることが彼の矜持を傷つけた。

「上等だよ」

 ジョードの真の意味での反逆はこの時始まった。

 しかし―

「あー腹減った」

「肉がいるのだけが不便だよな」

「え? ちょ、な、なにするっ!」

「食事だろ」

「飯にするのはこれまでと一緒だわ」

「ひいっ!」

 戻ってきたナーガらが、ジョードの肉を求めて詰め寄ってきた。

 平然と参加するシュラサイドと女間者、恐れおののいているニキスルを横目に解体されながら、ジョードは無力な決意に意味はないのだと痛感するのだった。

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