第2話 まぬけの白銀

 英傑たちも無から生じたわけではない。

 彼らの親ともいえるのが、『屍鬼起こし』のルエガミヨという男だった。

凡庸な傭兵だった彼は窮地に際して英傑の蘇生に成功したものの、肝心の抑制が十分でなかった。おだてられるまま英傑の殆どを蘇生させた後ガーナに謀殺され、鎖を外した不死の食屍鬼軍団を世に解き放つ結果となってしまった。

 かつての無念と夢よもう一度と、彼らは不死の肉体で終わらぬ戦乱に興じるようになった。奪い、殺し、犯し、食らい、本当の意味での『余生』であることと蘇生の影響かたがが外れ切っていた。

 ルエガミヨは不名誉な名を遺したものの、英傑らは第2の生を与えた彼に敬意を示し、謀殺したガーナですら彼の家族を積極的に庇護した。

 そして今、その中から『尽きない馳走』が一匹逃げ出した。


 小さな廃村でジョードは投げ飛ばされ、鎧と女間者は黒の巨人から飛び降りた。

「ききき、きみはなんだ⁉」

「呪術よ」

 黒の巨人の代わりに鎧が女の声で答えて兜を脱いだ。

 美しい銀髪の美女であるが、ひどく冷ややかな緑眼と顔立ちを備えており親和よりも畏怖を抱くようだった。

「命を糧に動く人形、強力過ぎて普通の人だと死んでしまうけど、貴方なら案の定だったわ」

「ぼくを知ってるの? 一体ななななっ」

「うめエ」

「いつまでやってんの、いい加減離せばいいのに」

 巨人に齧られ痙攣するジョードに女間者は呆れて見せた。

 言われるまま慌てて球を投げ捨てると、黒の巨人はその姿を消失させる。

 美女がその球を拾い上げながら取り乱しているジョードを揶揄した。

「不死以外はアホね」

「言ってくれるね、きみは誰だ⁉ 目的は……」

 ジョードはハッとし目を見開いた。

「『白銀』シュラサイド?」

「知り合い?」

「英傑だよ、強力な雪の呪術を使ってデヨン帝とも争った。結局負けちゃって―」

 突如喉を抑えてジュードは激しくせき込んだ。口内から雪があふれてきている。

「私は負けてないわ、あのチビネズミに油断しただけよ」

 銀髪をかき上げてシュラサイドは強がった。

「それで? 復讐ってわけ?」

「それもあるわ。でも、最後で良い。目的は私たちの眠りよ、巨人たちなら死を与えられる」

「じ、自死しようっていうの……?」

 喉の痛みを厭わず、雪を吐きながらジュードが尋ねた。事実ならば初めての味方である。

「そうよ、生者は生者の、死者には死者の世界があるの。境を飛び越えるべきじゃないわ」

「あんただってデヨンを……とと、ムキにならないでって」

 シュラサイドに敵意を向けられて、女間者は宥めるように手をひらひらさせた。

 反対にジュードは、かつてない真剣な顔でシュラサイドを凝視する。彼女の言が真実ならば、初めて味方と言える人物に出会ったことになる。

「球……巨人があれば英傑を倒せるのかい?」

「不死身の貴様であればね、私たちには命がないから発現できないし、人はさっき言った通りよ。貴様の存在を知ってから確かめるまで、随分苦労したわ」

「待って待って、あんたの計画には穴しかないわ。この子の不死はガーナの呪術なのよ? 反逆したってバレたらすぐに解かれて、巨人だって使えなくなるわ」

「……あ」

 冷然とした顔をあまりにも間抜けに崩したシュラサイドにも要因はあるが、ジュードの失望顔は露骨に過ぎた。

「あ~、デヨンに負けちゃうよねこれじゃ……」

 羞恥で真っ赤になったシュラサイドはジュードを加減なく蹴り飛ばした。

痛みはなくとも衝撃は殺せず、転がり廃屋の壁に叩きつけられてようやくジュードは止まることができた。

「今のはあんたが悪い」

「ご、ごもっとも……」

「勿論た、対策はあるわ! ……その前に休息よ!」

「それじゃあ一本いっておく?」

 女間者はジュードを抱き起しながら腕をもぎ、二つに裂いて一方をシュラサイドに投げつけた。

「ああっ! また勝手にぼくの身体を!」

 シュラサイドは躊躇いつつも肉を一口を味わうと、目の色を変えて貪りだした。

 おぞましい光景に悲鳴をあげるジュードを、腕を食べ終えた女間者が押し倒しかじりつく。

「生きるためなんだから我慢我慢」

「きょ、巨人はあるんだ! 英傑だって倒せるんだ! 希望はあるぞ!」

「その意気よ」

 シュラサイドにも飛び掛かられて捕食されながら、ジュードは負けてなるものかと虚勢を張るのだった。

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