不死英傑と尽きない馳走を憐れむべし
あいうえお
第1話 ぬしの肉は絶品だわ
『死の世』は3巨頭と呼ばれる傑物による戦国の時代だった。
それだけならば目新しさは何もない、にも関わらずこの時代が歴史に大きな刻みを入れているなら、人物に妙があるのだろう。
「よお! よく会うな!」
「全く! 50回は超えていよう!」
3国の全員が英傑であった。
「っと」
「頭が飛んだな、今日は私の勝ちだ!」
「この借りは返すぞ! 憶えていてくれ!」
不死の英傑だ。
致命傷を負った同士がごく自然に会話し、時を置いて何事もなく回復する場面は茶飯事ですらない。
既に死した太古からの英傑たちが蘇り、世を騒乱させているのだった。
その夜、3巨頭の一人『先開者』ガーナ・ダの首都では勝利の宴が繰り広げられていた。参加者はいずれも不死の英傑であり、酒と美食と女に舌鼓を打っている。
外見から彼らが死者であるとは判別できない。いずれもが若々しく壮健であり武器防具も贅をこらした逸品である。
女性と見まごう美貌に、豊かな口ひげを蓄えたガーナが立ち上がり部下たちを鼓舞した。
「ぬしらの働きで先の戦いも勝てたわ! 今宵は存分に楽しむのだわ!」
歓声とともに彼らが掲げた料理の中に、人の手足や首が混じっていた。躊躇いなく肉を齧り、頭を飲み込み、内臓を啜った。そしてよく見れば、その頭は全てが同じ青年のものであった。
「もっと肉をくれい!」
「はい、お待ちを」
「やだああ~‼ 助けて~‼」
宴の中心に青髪の青年が連れてこられた。ひどく暴れているが、如何せん非力で大した抵抗ができていない。
「ジョード、暴れるんじゃない」
「許してください~‼ やだよおお!」
「子供じゃないんだから辛抱せい!」
髭面で大男の英傑が青年ジョードを叱りつけた。
内容は正しい、だが、その目的がジョードの腕を斬り落とすためにあるとしたら狂気の沙汰である。
ジョードは切断されて転がる己の腕を見て悲鳴を上げる。
「はりゃりゃりゃ~⁉」
「生き造りでいきましょう」
そういって料理人の格好をした英傑はジョードを生きながら分断した。肉となった彼の体を英傑たちがかき集めて生のまま齧りつく。
千を越える英傑たちに渡っても青年の体は消失しない。切る端から再生していくためだ。
「あんまりだあああああ! こんなことが許されていいわけないいいい~!」
「痛くないんだから我慢しなさい」
「そういう問題じゃない!」
一同に十分な肉を行きわたらせ、それ以前と一寸も違わず再生したジョードはふざけた慰めに抗議した。
「そういうな、ぬしの肉は絶品だわ。な?」
「おう!」
「天上の味よ!」
「育んだ全てに感謝!」
「ふざけるなああああ! 英傑なんて悪魔だあああああ!」
「そういうもんだわ」
「絶対に冥土に送り返すからねえええええ!」
生き物を糧とする英傑たちは、ある日攻め落とした村の青年が異様に美味だと気づくと、呪術により不死の肉体を与えて日々の糧とした。
痛みを消し、世話を焼いてより良い肉を得るために彼の健康に気を使った。出来得る限りの望みは叶えられ夢の日々を送っている。
英傑たち曰く、だが。
「う~、気持ち悪い~」
「薬のみなよ」
「そういう気持ち悪さじゃないの、この状況に参ってるの!」
あてがわれた一室で、青年ことジョードは悶えながら監視役の女間者に抗議した。絢爛豪華で王侯貴族かと見まごう室内だが、彼に安らぎを与えてくれない。肉を貪られる恐怖、喰い殺された故郷の同胞、全てが彼を苛んでいた。
「衣食住揃って不平を言うなんて、あんた悪党だね」
「何を!」
「お母さんがそう言ってたもん。抱く? 少しは気が晴れるかも」
「そんな気分じゃない! 解放してよ~!」
「やーよ、ご馳走なのに」
女間者は寝転んで嘯いた。顔立ちは幼いが豊満な肉体と胸や尻が丸出しの装束は、一見すると娼婦にしか見えない。その眼は違う、冷酷で獰猛な狩人の目だ。
「お腹も空かない、寒くない、死ななくていい、文句あるなら贅沢よ」
ジョードは彼女に抗議せず腹立たし気にそっぽを向いた。
常人なら一蹴する意見だが、歴史を多少齧っている彼には彼女の言うことに頷ける点があったからだった。その点も英傑たちが彼を囲っておく一因になっている。
ともあれ、日々肉を食糧にされていく感覚には耐えられない。自覚できないだけで、発狂や自殺が不可能なことも何かしらの呪術の結果である。憧れを持って眺めていた伝説の英傑たちが、残忍な食屍鬼であった事実も嫌だった。
「絶対にきみたちを成仏させるからね」
「ん~、その言葉1004回目」
女間者が床に数えの傷を付けながらせせら笑う。
無力であるが、無気力に堕してジョードはいなかった。現世で好き放題している英傑らを再び冥土に帰し、正常な世を取り戻そうと足掻いていた。己のため、犠牲となっている人々のため、英傑らの名誉を守らんため。
「絶対の不死なんかあるわけない、呪術でも解除する方法があるはずーひい?」
「ちょっと齧らせてね」
女間者に絡みつかれてジョードは餌食にされた。
「いやだああああ……!」
不死以外はごく普通の青年である。数々の英傑から、歴史造詣を除けば武門でも学問でも才覚がないとお墨付きを受けていた。
「おまけの命なんだし楽しみなよ」
「無理! こんな異常事態は放って……食べないでってば!」
「おい、少し分けてくれ」
「うわああ! 来るなああ! あ、だめ! そこはだめ!」
通りがかりの英傑たちが、間食感覚でジョードの肉を毟りとっていく。おぞましい光景である。
「うまいぜ」
「きちんと飯を食えよ?」
「そこの人! あなたは中々名うての武将なのにこんなことして恥ずかしくないんですか⁉」
「こんなのが恥とも思えないことを死ぬほどやってきた。名が残っているのは喜ばしいが、聖人と思われたくはない」
丸顔の『武将』が皮肉気に答える。
「人でなし! ああ、また来たあ……」
全身を鎧で纏っていたその人物は、あまりにも自然に入り込んでジョードの手に黒い球体を握り込ませたために周囲の反応が一瞬遅れた。
「誰だお前?」
丸顔の言葉と同時にジョードは痙攣を始めた。球体を握りしめた手が焼け焦げて、黒い光を放ち出す。
「あああ!」
炸裂した黒光線が丸顔たちを消滅させた。球体はそのままジュードの痙攣と共に変形し、半円を背負った刃の手を持つ巨人へと発現した。
「不死者を倒したの? ……きみはべっ⁉」
黒い巨人はジュードへ刃を突き立ててその半身を噛みちぎって咀嚼した。
鎧が巨人へ飛び乗ると、そのまま部屋を打ち破って飛び立った。女間者もすかさず脚へ掴まり同行する。
騒ぎを聞きつけた英傑たちが集結するのが眼下に小さくなっていく。
「な、なにをすひいっ!」
再生を終えたかと思えば巨人に下半身を噛みちぎられてジュードは悲鳴をあげる。
「なかなかの味ダ」
「しゃべれるの⁉ だったらぼくをへべっ!」
ジュードは巨人と意思疎通を図ろうとしたが、頭部をかみ砕かれると言う返事をもらいとん挫した。
「いきなり何を! 話をぱっ!」
「うるせエ」
ジュードは、ガーナ下での『尽きない馳走』からこの時逃れることができた。
「わ、わかった、だから話を聞くだばばばばっ!」
「しかしうめえナ」
終始食われているだけだったが。
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