第36話【五月六日深夜~内藤省吾~】

 例によって、香織と窓際で対戦ゲームをしていると携帯電話が鳴った。名前を見ると加水くんだ。

 香織にハンドサインで「待て」「加水」を伝えて、電話に出る。

「めずらしいな?なに?」

『まぁね……、今、ちょっと出てこれる?お前んちの近くの公園まで来ているんだ……』

このまま電話で話せばいいだろうに……。これが加水くんでなかったら、怪しんで出て行かないところだ。呼び出すおとり電話だったりすると、ヤンキーが公園に現れて大変なことになるかもしれないからだ。

 でも、加水くんの声は間違いようが無いし、着信も加水くんからだ。

 一応、念には念を入れておこう。

《加水くんに会って来る。三十分してもどらなかったら様子を見て、必要なら助けを呼んで》

連絡に使っているスケッチブックにマジックで大きく書いて、香織に見せる。香織がうなずくのを見て一階に降りる。万が一、危険なことになっても三十分で助けが来る。

 足首はまだ走ると痛い。

 加水くんには悪いが、のんびりと歩いて公園に向かう。

「よぉ。悪いな……飲むか?」

公園のベンチに座る加水くんが缶コーヒーを差し出してくる。ありがたく受け取って、プルタブを開ける。

「開ける前に、缶の口を拭くタイプなんだな。内藤くん」

「ああ、なんか不潔な気がして……」

「かわんねーよ」

「まーな。知ってる」

隣に座って話す。こんな話がしたくて呼び出したわけでもあるまい。

 だけど、向こうから口を開くのを待つ。なにかここは加水くんの気持ちの準備が出来るのを待つ必要がある場面だと思う。

「なぁ、正直、なんとかなると思う?」

口を開いて出てきたのは、その言葉。零細部活の運命の話だ。きっと聞きたいのはそれじゃないと分かるけれど、きっとそれが関係あることなんだろう。

「……なんとかするよ」

「なんのために?」

町の明かりで、星の少ない夜空を仰いだまま加水くんが聞き返す。ぼくの答えは決まっている。隠すことでもない。むしろ、彼には知っていて欲しいことだ。

「香織と一緒にいる場所のためだ。香織が好きだから」

「内藤ちゃんは、覚悟が決まっているな。あのレベルを独り占めするのは大変だぜ」

「そうでもないさ」

香織は美人だけど、他の男に近づくと吐くからな。ぼくはずるいくらい有利だ。そして、その有利さは責任と共にある。理由はないが結果があって、それは運命なんだろう。運命的な責任がぼくは香織にある。思春期の痛々しい勘違いかもしれないが、今はそう思う。ぼくには責任がある。香織の高校生活にも、香織のこれからにも。ぼくは香織の居場所を守らなくちゃならない。

「俺は……覚悟が決まらなかった……」

コーヒーに口をつけて続く言葉を待つ。

「内藤ちゃんがやってくれてよかったと思ってるよ。正直」

首をゆるりと回して、空を見ていた茶色い瞳が地面を見る。ハーフじみた綺麗な横顔。

「なんの話?」

「部活の話さ」

「ちがうだろ」

部活の話じゃないくらい分かる。

「そうだな」

加水くんが寂しそうに笑う。

「俺にも、場所が必要なやつがいるんだ」

「じゃあ、自分でやれよ」

加水くんがみんなを引っ張ってくれていたら、もっと楽にみんなをアジれただろう。ぼくなんかよりもずっと有能だったはずだ。見た目の威力もあるし、カリスマだってある。

「だから言ったろ。覚悟が決まらなかったんだよ」

「なんの覚悟?」

今度はコーヒーに口をつける代わりに、聞き返す。

「……わかんねぇ。自分でも、なにがなんだかな……」

「そうか……」

「迎えが来たみたいだぜ。呼び出して悪かったな」

加水くんの視線の先を見ると、公園の入り口にやせっぽちのシルエットが立っていた。

「香織……」

加水くんには近づけない香織が、入り口でフリーズしている。結界みたいだぞ。

 ベンチから立ち上がって、香織のほうに向かう。

「内藤ちゃん」

反対側に向かう加水くんが声をかける。

「頼むぜ。なんとかしてくれよな」

自分よりずっと頼りがいのありそうなやつに頼られるのは変な気分だし、こっちもなんとかしようがない。

「まかせておいて。私の省吾は無敵だから」

自信のないぼくの代わりに、香織が勝手なことを言う。まぁでも、この左腕の袖を掴む体温があれば、ぼくにもなにかしらの力が湧いてくる。無敵の無限力と言うわけではないけれど。

 なんとかしよう。

 なんとか。な。

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