第34話 【五月六日~内藤省吾~】
「零細部活の代表会議に行って来るよ」
部室に荷物を置いて、香織にそう声をかける。
「いってらっしゃい」
パイプ椅子に座って、いつもの無表情で香織が送り出してくれる。隣には、仁美ちゃん。ほぼ映画研究会フルメンバーだ。一応都祭さんも名簿には載っているけどね。
「お姉ちゃん、バカップルなのに一緒にいかないの?」
仁美ちゃんが、ちょっとトゲのある発言をする。ゴールデンウィーク期間、上原家はなかなかに緊張感の漂う高度な政争が演じられていたらしい。けっきょく、香織はぼくの部屋で昼寝する権利を勝ち取った。交渉のカードにミサイルとか核とかが含まれていなかったことを祈るばかりだ。
「いってらっしゃい。あなた。裸エプロンで待っていてあげようか?」
「それは、やめて。せっかく、香織のご両親から微細な信頼を手に入れたのに、台無しになっちゃうから……」
香織の発言はジョークではないので注意だ。ゴールデンウィーク中に『その方が、省吾もうれしいかと思って』とミニスカートにノーパンで現れたときには、丁重に自宅にパンツを取りに戻ってもらった。だって、香織は昼寝するとき、脚でぼくの脚を巻き込んできたりするんだぞ。ぼくのシナプスが焼き切れる。さらに、自宅に行ったと思ったらパンツを二つ持ってきて、ひとつあげるとか言い出した。
もう一度言う。香織のシモネタはジョークじゃない。注意しろ。
◆◆◆◆
零細部活の代表が集まる教室に到着する。
「遅いよ」
「で、どーすんのー」
出席率が五十パーセントを割って閑散とした集まりの中で、やる気のない声がぼくを迎える。まさか、こいつらぼくを頼りにしているのか?あれか、ゴールデンウィーク前に声とか張り上げちゃったからか。
しかも、こうやって担ぎ出されているのが、誰もがもう『抵抗しても無駄なのにメンドクサイ』と思っているからだというのが最悪だ。
ぼくが思っている通りのことを言っちゃおうか?
つまり「もうだめだ」の五文字だ。
でもなー。
せっかく香織が映画研究会に戻ってきてくれたんだ。なんとかしたい。なんとか、あの部室を確保しておきたい。香織が普通に部活をしながら、普通に高校生活をしながら、それでも吐いたりしないで暮らせる。そんな今を守りたい。香織の居場所を守りたい。
よしっ。
両頬を叩く。
「あきらめない!」
ぼくはそう言って、教壇の上に上がる。頼りにするならしろ。ぼくだって策なんかない。権力も財力も、知力もない。こう言っちゃ何だが腕力もない。とにかく力と言うものはない。意志の力もなくて、ゴールデンウィークは香織の寝息一つでピンク色脳みそにとろけた色ボケだ。
「じゃーどーするのー」
ぼんやりとした言葉が放り投げられてくる。力の何一つないぼくに他力本願されてもだめだぞ。
「神様に祈るー?」
そっちの力に本願するのか。だめだ。
「祈るな!」
空元気で声を出す。空元気は空で気だ。ほぼなんにもない。それでも声を出す。
「祈れば、手がふさがる!」
香織が寝ている横で読んだ漫画にあったセリフだ。かっこいいので、丸パクする。丸投げしてきた連中に、丸パクのセリフで返す。
ぼくを含めて、この部屋には自分の言葉でしゃべるヤツがいない。ぼくらはなんて、だめなのだろう。
それでも、もらってきた言葉と空っぽの元気で前に進もう。ぼくが香織とお弁当を食べるために!利己的と言うなら言え!言えるものなら!
「後三日だ!三日もあるぞ!あがけ!その手で!加水くん!」
突然話を振られた加水くんが、いじっていたスマホから顔を上げる。メンドクサイことはごめんだぜ、と顔に書いてある。
悪いけど、今のぼくは空気が読めないんだ。
漫画の言葉を使い終わって、今度は、香織の言葉を借りる。
「今すぐ全部の代表にメールしてくれ!五分でここに来いって!来なかったら、そいつの部室をウンコまみれにしてやる」
香織を見習って、もっとウンコだファックだと力ある言葉を並べたかったけど、香織メソッドは意外と難しい。ファック。
加水くんが慌ててスマホでメールを打ち始める。
「そこの文芸部代表!名簿を作って出席を取ってくれ。それと、部員のリストもだ!どうせ最大で四人くらいしかいないんだ。全部の状態を把握したって、どってことないだろ。なんで、ぼくらあと三日で全体も把握できてないんだ!クソでも詰まっているのか!」
「え?え?」
名前も覚えていない文芸部代表にも香織メソッドで命令する。だいたい名簿がないと、ぼくが誰が誰だか名前を覚えてないもんな。利己的と言うなら言え。
失礼極まりない命令にも文芸部代表は、まわりを見渡しながら、まずこの部屋にいる部活と代表者のリストを作り始める。
これ、便利だな。香織が多用する理由がちょっと分かってきた。
加水くんが挙手して発言の許可を求める。許可する。
「なー。内藤くん。『明日でいいじゃん』って言ってる連中が多いんだけど」
「今すぐ来ないと、明日は忙しくてそれどころじゃなくなる。部室のウンコ掃除でだ」
もう、自分が言っている感じがしない。汚い言葉が脊髄から出てくる。香織からなにかうつされたかもしれない。
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