第28話【四月三十日~内藤省吾~】

 足の腫れはほとんど引いて、今日は立ったまま靴も履き替えられたし、香織にカバンを持ってもらうこともなかった。

 だからと言って、香織の様子がおかしいのはそのまま。

 香織がおかしいのはいつものことなんだけど、そのおかしさが少し違うという意味だ。

「いないな……」

昼休み、いつものように部室に行く。いつもと違うのは、やはり今日も香織が居ないこと。しかたない。また、ドアを開けっ放しにして弁当を開く。

 開け放したドアの向こうからパタパタと軽快な足音が聞こえてくる。

 これは香織じゃない。仁美ちゃんだ。

「お兄ちゃーん」

ぼくの足音聞き分け能力は、排水音で敵潜水艦を聞き分けるソナーマンの並みだ。いざ祖国存亡のときになったら、潜水艦乗務に志願しよう。

「仁美ちゃん。今日は、クラスの友達と食べないの?」

「今日は、お兄ちゃんと食べるのだ」

仁美ちゃんが、いつも香織の座っていた位置に席を取ってお弁当を開く。少しだけ、座る位置を変えてもらおうかと思ったが、やめた。

「お兄ちゃん。加水先輩から聞いたよ!」

「な、なにを?」

仁美ちゃんの勢いに、不穏なものを感じる。

「なんで私を誘ってくれないの!やっぱり好感度なの?」

こ、好感度?なにの?

「昨日、コスプレイベントあったんでしょ!なんで、私を誘ってくれないの?好感度が低すぎてイベント発生しないの?」

「い、いや。そういうわけじゃないんだ。ぼくも、まさかそんなイベントだとは思わなかったんだよ。ほら」

昨日の一連のメールのやりとりを仁美ちゃんに見せる。

「なるほどー。そーなんだー。ぐひひ。夏実ちゃん先輩、拉致られたのかー」

ぐひひ?

「それで、お兄ちゃん、矢も盾もたまらず夏実ちゃん先輩救出に飛び出しちゃったんだねぇ。ぐひっ。加水先輩×夏実ちゃん先輩でも、お兄ちゃん×夏実ちゃん先輩でも、加水先輩×お兄ちゃん×夏実ちゃん先輩でも、どれでもいけるよ。ぶひっ。やっぱり三人ってのもいいなぁ。お兄ちゃん、真ん中…ぎゅふっ」

むぅ。今日は、香織がこの部屋でゾンビを見ていない代わりに仁美ちゃんが腐ってる。ゾンビより腐ってる。真ん中ってなんだ。仁美ちゃんの腐った脳の中では、ぼくの前後でどういう状態になっているんだ。想像がつくけど、認めたくない。

「ぎゅふっふふっ。あー、なんか変な汁出てきちゃった。帰ったら、描こうっと」

「描く?ちょっと待って。なにそれ?」

「んとー。映画研究会だからー。映画作るのー」

「なんの?」

「お兄ちゃん、声やってね」

「声?」

「アニメ作る!」

「あっ!それかっ!仁美ちゃん、天才!」

「でしょ!」

仁美ちゃん、天才すぎ。天才のアイデアと言うのは、こういうものだ。教えられて、初めて、それに気づかなかった自分の愚かさを知る。

 そうだよ。

 アニメを作ればいいんだ。今まで、ぼくは映画は少なくとも出演者がいなくちゃ作れないものだと思っていた。でも、アニメなら一人でも作れる。絵を描く必要だってあまりない。ストップモーションアニメというのがある。

「それだよ。仁美ちゃん!ストップモーションアニメをやればいいんだ。それだって、かなり大変だけど秒間八枚も撮れば動いて見えるし、動いていないシーンだってあるんだから!」

「でしょでしょ!加水先輩×お兄ちゃんのシーンは、もうけっこう描いてあるから!学園祭までに完成させて上映しようね!」

「いや……おねがいだから、それはやめて……」


 ぼくはレイプ目で嘆願した。

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