第25話【四月二十八日夜~内藤省吾~】

「なんだか、上原さんのところ揉めてたよ」

夕食時、珍しく早く帰ってきた父さんがそんなことを言った。

「あら。香織ちゃんのことかしら……心配ねぇ」

母さんの返しは、適度に他人事。ご近所さんとの適切な距離。上原さんのところで揉めるのは、仁美ちゃんのほうだと思う。香織ちゃんのは揉めない。家族団らんで言い出せないタイプの連想。

 仁美ちゃんは、中学一年生でアレだと。本当にアイドルデビューとかしちゃうかもしれない。今のうちに仁美ちゃんの「お兄ちゃんっ」を撮影しておくべきだろうか。そういえば、ビデオカメラで撮った映像って、味気ないんだよな。映画館で映画を観ると、映像の味わい自体が違う気がする。雰囲気のせいかもしれないけど。

「ねぇ。父さん…話は変わるけどさ」

「なんだ?」

「父さんって、十六ミリカメラとか八ミリカメラとかって使ったことある?」

「さすがにないな。俺が小学校に上がる前に、田舎のお祖父ちゃんが一度だけ、撮って居間で上映してたのを見たことがある。音は入っていなかったな。あと、十六ミリはたしか免許が必要だった。どうしたんだ?」

父さんが小学校に入る前の話なのか…。八ミリカメラってそんなに古かったんだな。

「……ん。なんか映画っぽくないじゃん。ビデオカメラの映像って」

「あれな。コマ数が違うからだぞ。業務用のビデオカメラは、秒間二十四コマで撮れる。八ミリカメラは十六コマだったかな」

「へー」

父さんは物知りというか、映像機器マニアだ。正確にはマニアだったらしい。ぼくが生まれてからは、別に新しいものを買ったりしてないけれど居間にはけっこうデカいオーディオが置いてある。スピーカーに「SRタイタニウム・センター・ダイアフラム」って書いてある。強そうな素材だ。すでにオーディオ機器だかモビルスーツだか分からない。値段は怖くて聞いてない。

「省吾、映画研究会で映画でも撮るのか?」

「ちょっとスタッフがねー」

ちょっとどころではない。存続の危機だ。というか、ほぼ存続不能だ。余命カウントダウンが進んでいて、あと十日と少しだ。部員数も二人→三人→四人→三人→四人という状態だ。山口さんを部員にカウントしていいかどうかが、かなり怪しい。都祭さんだって、名前を貸してもらっているだけだし。今や実質部員数は、一人半だ。ぼくと仁美ちゃんが半分。

 そりゃ、だめだ。

 青森生徒会長でなくても、それは部活ではないと言うだろう。

 ほんとダメかも。映画研究会がなくなったら、どこの部に所属しようかな。戦意喪失している。香織が、部活をやめると言い出したあたりで戦意が一気に失われた。実は香織の居場所が校内になくなってしまうというのが動機の大部分を占めていたのだと気づかされる。香織が部活をやめたら、あまり部活を死守する意味がない。

 ダメだな。こりゃ。諦めが入って、戦意を喪失していて、零細部活のみんなの団結もない。勝てる要素が一つも見えない。

 部屋に戻る。パソコンで映画を一本観る。

 明日は休みだな。天気もよさそうだし、どこかに遊びに行こうかな。無意識に窓の向こうを見る。

 あ。

 二枚の窓ガラス越しにパジャマ姿の香織と目が合う。香織が窓を開ける。ぼくも窓に近づいて、窓を開ける。大声を出せば話ができそうな距離だけど、黙る。香織が柵のすきまから手を突き出して、ばたばたする。

 なんだろう。あれは?

 香織がスケッチブックをかざす。文字が書いてある。

《ゾンビっぽかった?》

 まぁ、ゾンビっぽかったよ。うなずく。

《ゾンビかわいい?》

 ゾンビはかわいくないよ。首を振る。

《心外》

 そんなことを言われても。かわいくないし。

 スケッチブックが降りる。また柵の隙間から手が伸びる。今度はバタバタしない。

 ぼくも手を伸ばしてみる。

 十メートルの距離が八メートルに縮む。

 香織がまたバタバタする。ゾンビ化した。

 おやすみ。口だけ動かして、そう言うと窓を閉める。

 電気を消す。枕元のスタンドをつけて、文庫本を開く。なんだか、これもう一週間くらい読んでいる気がする。ちっとも読み進まない。寝しなに読む本が読み進まないのは、寝つきがいいのか、悪いのか…。


 そのうち、眠りに落ちる。

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