第10話 【四月二十二日~内藤省吾~】

 こんなもの、毎日見ているもんか。

 今日、気がついたのだって奇跡だった。下駄箱の横にある掲示板に生徒会からの連絡事項が貼られている。普段は、つまらない連絡事項しか書いていない。だいたい、別の連絡方法で周知されている生徒総会の日程だったり、生徒会内部の人事異動だったり、そんなものだ。

 今回の連絡事項だって、つまらなさ加減では引けをとらないのだけど、意地悪レベルはぶっちぎりだ。

 《クラブ活動登録時の注意事項》とタイトルが書かれていて、その下にずらずらと必要な人数や、活動内容の書き方、締切りは五月十日であることなど、零細部活の代表者なら誰でも知っている飽き飽きしたつまらない内容が、つまらないコピー用紙に、つまらないフォントで書き連ねてある。普通は、最初の半分までで読むのをやめる。アプリインストール時の同意事項と同じくらい読まれない。その一番下に、こっそりと一項目増えている。

 《新規メンバーが居る場合は、新規メンバーを含めた活動の報告の添付を必須とする》

 添付ってことは、登録用紙をもらってきても、そこに書き込む欄は存在しないということだ。抜かりがない。絶対に添付し忘れるだろう。

 さすがは、青森美園と言ってやろう。

 これは、八割以上引っかかる。そうはさせるか。

 携帯電話を取り出し、知っている限りの零細部活タワリシチにいっせいにメールを出す。ご丁寧に、最後の項目の写真もつけてやる。

 連絡のタイミングも絶妙だ。掲示許可の日付を見ると、四月十八日になっている。金曜日の夕方に掲示したのだろう。一見、五月十日のしめきりまでは、二週間あるように見える。しかし火曜日の今日、掲示から四日目の今日に気がついたのすら奇跡だ。ぼくが気づかなかったら、このままゴールデンウィークに突入していた可能性だってある。普通の部活なら、ゴールデンウィークに練習したり、新歓イベントをしたりして実績にできるだろう。だが、うちのように幽霊部員の名前だけをかき集めた部活は、ゴールデンウィークを無為に過ごして時間切れになる。


◆◆◆◆


「どうしたの?」

部室に入ると、今日もゾンビの唸り声をBGMにお弁当を食べている香織が尋ねてくる。香織に気遣われるほど、こわい顔をしちゃっているんだろうか。

「いや。実はな……」

さっきの発見を香織に知らせる。

「バリゲードね」

「はい?どういうこと?」

香織はいつもながら、途中経過を省いて突飛で過激な結果を口にする。

「バリゲードで、この部屋を死守するわ」

「こらまて」

「私たちは、学生よ」

「知ってるよ」

「われわれはぁー。ブルジョワジー主義のぉー生徒会のぉー。おーぼーにぃー。断固抗議しぃー。ここにぃープロレタリアート闘争の幕開けぉー宣言するものであるぅー」

「四十年前に、そういうのは終わったからね」

ぼくらのおじいさんの時代にそういうのがあったと聞いた。なんで、香織はそんな歴史みたいなものを知っているんだろう。あれか。古い変な本ばかり読んでいるからか。

「火炎瓶を作らなくちゃ。あと、腹々時計も要るわ」

「だめです。やめなさい」

香織が革命家になりそうだったので必死に止める。

「青森は、政治家みたいで本当に嫌いだわ」

「ぼくだって嫌いだ。青森も、政治もね」

香織の顔をまっすぐに見る。香織の目もまっすぐにぼくを見る。ぼくには、香織の目はまっすぐだ。香織が他人の目をこんなにまっすぐに見ないのも知っている。だから、ぼくは信頼を裏切らないように、香織には思ったことをなるべく隠さず、ちゃんと言う。

「政治はキライだけど、それでも政治は人類が生み出したものの中で最高のもののひとつだよ。香織。ハインライン先生の小説で読んだんだ」

香織が首を傾げる。ぼくの頭がおかしくなったと思ったのかもしれない。香織は、ぼくがどれだけ政治的な動きを嫌いか知っている。

「『自由未来』って小説で言っていた。政治に代わるものは、暴力しかないんだ。人類を暴力から解放したのは政治なんだ。政治を諦めたとき、人は暴力を始める。戦争は政治の敗北から始まるんだ。だから、政治は反吐が出るくらい汚くても、暴力よりマシだから諦めちゃいけない」

香織が首をまっすぐに戻す。

 分かってくれただろうか。この部室を七十年代の安田講堂にしないでくれるだろうか。

 香織が口を開く。

「とある偉い人は『暴力はいいぞ。ケンシロウ』と言ったわ」

「その人は、様づけで呼ばれているけど、別にえらくない。あとケンシロウのあれも暴力だから」

「ケンシロウって、どエスよね」

「まぁね」

「わたしも北斗神拳でゾンビをバンバン爆裂させたいわ」

「ゾンビに北斗神拳って効くのかな」

「お前は、すでに死んでいる」

「そりゃゾンビは、すでに死んでるでしょーよ」

ぼくは、ちょっといいことを話したつもりだったんだけど、いつものとおり台無しになった。ぼくにハインライン先生の真似はできないみたいだ。言葉に重みがない。

「あのね。省吾」

「ん?」

「北斗の拳って、後半になると『あたぁっ!』って言ってケンシロウのパンチが頭を貫通してたりするじゃない」

「するな」

「あれ、秘孔とか関係なくない?頭をパンチが貫通したら、秘孔じゃなくても死ぬと思うわ。一子相伝するまでもないわよね」

「漫画には整合性を求めない方が世の中楽しいよ」

ぼくとしては、バットが自分で自分の胸に指で穴を開けてるのもどうかと思ってた。ケンシロウの傷は南斗聖拳のシンが付けたわけだしな。

「じゃあ、省吾も映画に整合性を求めずに、ゾンビがバンバン爆裂するのを一緒に楽しみましょう♪」

なんだか、うまく丸め込まれてしまった。

 まぁ、あとで青森美園の頭をパンチでぶち抜かないでくれと頼んでおこう。

 映画を十分ずつ小刻みにして、ゾンビ爆裂シーンを楽しむのも映画の楽しみかもしれない。

 二週間後なんて、未来の心配をせずに今のゾンビ爆裂を楽しんでいる香織を見ながら、そう思った。

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