第9話 【四月十九日昼休み~内藤省吾~】

「今日は、教室でお弁当たべるんだね」

 教室で弁当を開いたところで、上空から話しかけられる。

 見上げると、注釈つきでも条件に該当する男子生徒だった。つまりイケメンだ。※マーク付きで限定されても、大丈夫だ。

「えと……火星人だっけ?」

「地球人の加水だよ」

「あー。そうそう。そう言おうと思ったところ」

そうか。こいつの名前は加水だったか。イケメンは加水。イケメンは加水。何度か口の中でもにょもにょと唱えて、覚えようと一応努力する。

「一緒していい?今日は、彼女お休みみたいだし」

「いいよ……」

「じゃあ、お邪魔するね。あ。椅子、借りていい?」

加水が、前の席に座る宮城さんににっこりとお願いする。宮城さんは、いつもよりオクターブ高い声で「は、はいっ。どーぞっ」と言っている。イケメンの威力すげー。

 加水の弁当箱は上品でお洒落なバスケットだ。ぼくのは、パワフルでガッツ溢れるアルミニウムだ。

 加水のバスケットの中からは、上品なサンドイッチが出てくる。白いパンにトマトの赤、レタスの緑、卵の黄色が目に楽しい。ぼくのアルミ弁当箱からはレトルトのハンバーグと白飯が出てくる。今日は、母さんが寝坊をしておかずが全部ハンバーグだ。四枚がっつり入っている。白と茶色のモノトーンが大地の力を伝える。

「加水くん。一つ、誤解を訂正」

「ん?なに?」

すっと切れ長の目を細める。キラキラと背景にきらめきが飛び交う。どこまでイケメンなんだ。こいつ本当に火星人なんじゃないか。

「香織は、彼女じゃない。むしろ、ぼくのことは嫌っているし、あと異性と認識してもいない」

「ふーん」

本当に興味なさそうだ。めずらしいな。香織目当てじゃないのか。

 香織目当ての巡洋艦級イケメンたちは、全て沈没したはずだった。ついに、バトルシップ級が現れたかと思って警戒したんだが、ぼくの見込み違いだったかな。

 さらさらの前髪を揺らして、火星人がサンドイッチをつまみながらぼくを見る。サンドイッチをつまむ姿までサマになっている。ぼくは、がっつり白飯を頬張る。

「映画研究会。ピンチなのかい?」

そう言われて、加水が夏実ちゃんと同じ服飾文化研究会だったなと思い出す。そういえば都祭さんが『うちには身長百七十センチで女装するのがいるの』と言っていたことも思い出す。

「おまえかっ!」

「なにが?」

女装する百七十センチ男子は!と言いそうになって、口を閉じる。

「……なんでもない……」

周りにたくさん人がいる教室だということを忘れていた。あぶない。こんなところで、さすがに女装がなんとかという話題はしづらい。

 しかし、こいつが女装するのか……。

 こいつか。


 そりゃあ。さぞかしお似合いになることでしょうなぁ!


 都祭さんの話から、もっと巨大で不気味なものを想像していたが、こいつなら似合う。むしろ中性的なモデルさんで、女の子よりずっと綺麗になりそうだ。清水玲子さんの漫画に出てきそうな顔してる。

 仁美ちゃんは、服飾文化研究会にも入ったんだよな……。

 そうか……。

 仁美ちゃんか……。

 ぼくは、顔に邪悪な笑みが浮かぶのを止められない。

 夏コミ二日目の加水先輩総受け本を想像して、ほんの少し、お弁当が美味しくなる。メシウマ。お弁当が美味しいなぁーっ!

「名前だけ貸せばいいのかな?」

総受け加水が言う。

「まぁ、そういうことかな……」

煮え切らない返事を返す。

「べつに彼女を取ったりしないよ?」

「それは心配してないし彼女じゃないってば」

変なうわさが流れるのは、よくない。香織がぼくの彼女ってことになっちゃうと、ぼくに彼女のできる確率がガクンと下がる。ぼくだって高校男子だ。彼女ほしい。おっぱい揉みたい。

「男がだめなら、なつもだめだね」

なつ?ああ、夏実ちゃんのことか。

なぜ、ここで夏実ちゃんが出てくるのか。

「夏見屋くんは、そもそもそっちの代表だろ。代表は掛け持ちできないんだ」

「代表は俺だよ」

え?

 意外な事実をあっさりとイケメンが告げる。

「そうなの?」

「そうだよ。俺が代表だよ」

なんだかいつも夏実ちゃんが、フク部の話をしているから夏実ちゃんが代表だと思っていた。違ったのか。

「まぁ、どちらにしても、夏実ちゃんもだめだよ。服飾文化研究会からは都祭さんだけ貸してくれ。こっちは、香織と仁美ちゃんが行ってるだろ」

「感謝しているけど……。うちの部も、君の彼女じゃだめじゃないかな」

「そうか……そうだな」

名前を貸すだけならいいが、参加するとなると香織は加水と夏実ちゃんと一緒に活動ってのは無理かもしれない。盛大に吐く。

 マーライオンのコスプレをするというアグレッシブな対処方法も思いついたが、香織がかわいそうだ。

「あ。そうだ。また彼女って言ったな。ちがうぞ」

昼食を食べ終わって、立ち上がる加水に訂正する。

「そう?ちがうの?」

にこっ。きらきらー。

 イケメンスマイルに金色粒子が舞い散る。笑顔を振り撒くのはイケメン火星人の習性なのか、それともなにか含みのある笑顔なのか……。

 それにしてもあいつ、やたらと香織をぼくの彼女認定したがるな。 

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