第4話 【四月十六日 放課後~内藤省吾~】

 映画研究会メンバー三原則。

第一条件:映画研究会メンバーは男子ではならない。男子かどうかの判断は、上原香織の陽電子胃袋が判断する。(※男子が長時間近くにいると吐く)

第二条件:映画研究会メンバーは、映画またはゾンビが好きでなくてはならない。どちらかでいい。ゾンビだけ好きでもいい。

第三条件:映画研究会メンバーは、代表の内藤省吾を嫌ってなくてはならない。


 以上、上原香織博士の映研三原則である。ロボット三原則風に……。


 ホームルームが終わってすぐに、隣の教室を覗く。

 夏見屋夏実くんはどっこかなーと探しつつ、先にフク部の女性部員であり映画研究会幽霊部員候補の女子を先に発見した。黒縁の眼鏡でショートカット。そして愛想のない表情。顔立ちも、すらっとしたスタイルも悪くない。香織と同系統の美人だ。愛想があればモテるだろう。そんなとこまでカブっている。

 そのフク部女性部員に声をかけようかと思って、名前が思い出せない。なんとか祭さん。タ行だった気がする。

 たちつてと。

 田祭さんじゃない。

 血祭りさん。それだ!そんなわけがあるか。それは、香織のボケだ。

 津祭さんでもないな。

 手祭さんでもない。

 そうだ。

「都祭さんだ!」

「なれなれしい!」

名前を思い出せた喜びに、つい声量が大きくなってしまった。にらまれる。まぁ、初対面というほどでもないのだけど、親しいというほどでもない。愛想ゼロメートル地帯の住人でなくても、不審に思うだろう。もちろん、都祭さんは不審者を見る目でぼくを見ている。つまり、今のぼくは不審者である。

「ご、ごめんなさい。つい嬉しくて」

「なにそれ?デレてるの?先にツンのイベントをおこしておかないと、効果ないわよ」

「都祭さん、演出のコツがわかっているね。映画研究会、タワリシチの資格十分だよ」

ぼくの顔を見て機嫌悪そうなところとかも、映画研究会三原則に合致しているよ。たいへんに遺憾だけれども。

「たわりしち?」

「タワリシチは、ロシア語で同志。同志なんとか、って呼びかけに使うんだ」

「なるほど。ロシア革命を起こして、ツァーリ青森を処刑するのね。だったらタワリシチになってあげてもいいわ」

処刑したいという動機はどうかと思う。うわさに違わぬ無愛想っぷりだ。無愛想には香織で慣れていたと思ったけど、ここまで香織に肉薄する女子がいるとは……。うちの女子の無愛想偏差値は全国トップクラスだ。香織はアメリカ軍ハートマン軍曹系。都祭さんはスターリン系だ。東西どっちでもこい。

「タワリシチは知らなくても、ツァーリは知っていたんだね」

「……知ってるわよ。ロシアの皇帝のことでしょ?世界最大の水爆の名前はツァーリボンバ」

会話が続いた。映画研究会に名前を貸しても欲しいし、ちょっと仲良くなっておこうかな。かわいいし。

 女の子と仲良くなるためには、とにかく相手が好きそうなものを自分も好きだと言って、会話に盛り込むのだと聞いたことがある。

 よし。知識を試すときだ。

「都祭さんは、大量破壊兵器が好きなんだね!ぼくも好きなんだよね!いいよね!核兵器!」

「バカにしてるの?」

「ごめんなさい」

駄目だった。おかしいな。マニュアル通りにやったのに……。

「で。なんなの?」

言外に、とっとと用を済ませて立ち去れという不機嫌美人オーラが立ち上る。根性のない男子では、これだけで退散してしまうだろう。ところが、ぼくはこういうオーラに慣れている。

「フク部の場所はどこ?」

「胸の下。腰の上。私の胸に視線を落とさないで。失明させるわよ。腰もやめて、ねじ切るわよ」

失明したら映画が観られなくなるからとても困る。なんだろう、この香織っぽさは。

「言葉足らずでしたすみません。服飾文化研究会の部室はどこ?中等部の一年生に新入部員の候補がいるんだ。見学に連れて行きたい」

仁美ちゃんは、もともと映画研究会の部員というわけでもない。ひょっとしたら、フク部に行ったら、フク部のほうをメインにする可能性もある。まずは見学だろう。

「一年生?」

「そう、中等部一年」

「うちの部は十三歳には刺激が強いわよ。百七十センチオーバーのワンピースとか浴衣とか着てるのがいるから」

「その子のお姉さんも、身長百六十八センチあるから見慣れてると思うよ」

「こっちは、男がソレをやってる」

「それは、ちょっと想像してなかった」

服飾文化研究会は、なにをやっているんだ?夏実ちゃん大丈夫か?服飾文化がハッテンしすぎてたりしないだろうか。

 とにかく、フク部の部室の場所を聞いて、映画研究会部室に向かう。仁美ちゃんが来てたら、見学に連れて行こう。


◆◆◆◆


 いつもより、やや遅れて映画研究会の部室に着く。

 中に入ると相変わらず、ゾンビ。今日のゾンビはチェーンソーをヴォンヴォン言わせている。

「いいよー。チェーンソーいいよー」

香織は、今日もゾンビでご機嫌だ。チェーンソーもお気に入りみたいだ。

「省吾ー。チェーンソーっていいよねー。かっこいー」

「そ、そうかな?」

「『ノコギリにエンジン付けちゃえっ☆エンジンパワーで腕も頭蓋も真っ二つ♪彼もイチコロ☆』って感じだよねー」

そりゃあ彼もイチコロだろうよ。

「スワロとかつけたら、女子力も高いよねー」

女子力じゃない。暴力だ。あと、チェーンソーをスワロでデコるのは世界初だから、実現したらユーチューブに上げるといいよ。案外流行るかもしれない。オレゴン州とかで。

「仁美ちゃんは?」

「パシってるわ。購買にジュースを買いに行かせたわ」

「入部一日目からパシらされるとか、体育会系みたいだな」

「体育会系はそんなことしないわ。あいつら最初だけは優しいそうよ。うちは、最初から厳しいの」

主に香織が厳しいだけだ。ぼくは、仁美ちゃんをパシらせたりしないぞ。

 そこに、仁美ちゃんが戻ってきた。

「あ。お兄ちゃん♪……のことなんて、だ、だいっ嫌いなんだからねっ!」

腕を組んで、斜め上をツンと向いて後半を付け足す。

「仁美。たいへんよく出来ました。ちゃんとそうやって省吾を罵倒することを忘れないで」

仁美ちゃんの買ってきたパック入りのコーヒーにストローを突き刺しながら、香織が酷いことを言う。

 先日までは、香織ももう少し当たりが柔らかかった気がするんだけど、どうにも仁美ちゃんが来ると、ぼくへの攻撃が熾烈になる。

「そうだ。香織。仁美ちゃん。フク部の場所を聞いてきたんだけど…」

「知ってるわ。胸の下。腰の上よ」

「そのボケはもういいから」

「私の胸に視線を落とさないで。腰も見ないで。焼夷手榴弾で火ダルマにするわよ」

どこかで聞いた台詞である。美人は百パーセント、ぼくを殺害したいのか。

「お兄ちゃん。私の胸に視線を向けてもいいよ!」

ぽこん。

 香織がティッシュの箱を仁美ちゃんに投げつける。

「くっそ。中学一年でCカップがそんなに誇らしいの……」

本気で悔しそうだ。

 そして、新情報だ。

 そうか。

 仁美ちゃんは、Cカップなのか。

 中学一年生でCカップか……。別に太ってもいないどころか、痩せているしな。

 お兄ちゃんとしては、守ってあげなくてはいけないな。お菓子系のスカウトとかが、蟻のごとく寄ってきそうだ。

「まぁ、それで……服飾文化研究会……行ってみるか?」

「行く行く。お兄ちゃん、行こう!」

ぱぁっと笑顔をひらめかせる仁美ちゃん。

「……いかない。ゾンビ見てる」

ぶすっと無愛想を加速させる香織。

 しかたなく。仁美ちゃんだけを連れて、都祭さんに教えられた部室へ行ってみることにする。

 服飾文化研究会の部室は、校舎の反対側。家庭科被服室にあった。まぁ、考えてみれば当たり前の部室の割り当てである。映画研究会の部室はなにをどうしたことか、半分地下の旧放送準備室だから、上下方向にも平面方向にも完全に反対側だ。

 図らずも仁美ちゃんを連れての校内案内ツアーになる。おりしも放課後の部活タイム。部活案内ツアーでもある。

「ここが、海洋生物研究会非魚類の部。くじらさんとか、ウミウシさんとかの好きな人たち」

「うん」

「ここが、文芸部」

「うん」

「ここが、金属研磨研究会。ブラシやバフで金属を研磨することの好きな人たち」

「うん?」

「ここが、電子研究会。電子回路の好きな人たち」

「うん」

「ここが旧ソ連研究会。旧ソ連の好きな人が集まってる。会長は原田翔。もちろん、あだ名はハラショー。」

「おおっ。タウリシチ内藤。ズドラーズド・ヴィーチェ・ハラショー」

「スパシーパはらしょー!」

旧ソ連研究会の連中が挨拶をしてくれる。実は、ちょっと仲がいい。古い無声映画『戦艦ポチョムキン』などを一緒に見たりした仲だ。

「うん?」

「ここが、芸術筋肉研究会。脱体育会。運動の役に立たない芸術性の筋肉をつけようとしている人たち」

「いいよぉー。キレてるよー」

「ナイスカット!」

「冷蔵庫!」

ここは今日もいいカットとマスキュラリティを追求しているみたいだ。

「冷蔵庫?」

「気にしなくていいよ。それで、ここがオカルト研究会」

「うん」

「ここが、アニメ研究会」

「あ。アニメ部って別にあるんだ」

「ここが、漫画研究会」

「そっちも別なんだ」

「ここが、ヒーロー研究会」

「うん?それも別なの」

「あっちが、鉄道乗車研究会で」

「……お兄ちゃん」

「うん?なに?」

「やたらニッチな部活が多くない?」

「多いよ」

「なんで?」

「話すと長くなるんだけど、主に先代の生徒会長山形竜馬先輩と、その前の先輩方のおかげかな」

「ふーん……」

先輩方はとにかく、文化は多様性だと言って申請された部活を片っ端から全部認可した。複数の部をまとめようとする動きは、門外漢が同じものと言っていいはずがないと主張して、まとめさせなかった。おかげさまで、映画研究会と、アニメ研究会と、特撮研究会と、ヒーロー研究会が別になっている。鉄道研究会も鉄道乗車研究会、時刻表愛好会、鉄道写真部の三つに分かれている。

 そうやって話しているうちに、服飾文化研究会の部室に着いた。

 ドアをノックする。

「ちわー。見学者連れてきたよー」

ドアの向こうで、ガタガタと音がする。

「うわっ。内藤くん?ちょっと、ちょっと待って!」

夏実ちゃんの声が制止したが間に合わなかった。ドアは、もう開けられていた。


 ヤック・デカルチャー。


 ドアの向こうで高校二年生男子の夏見屋夏実くんが、高校二年生女子の都祭さんとおそろいの青い色のメイド服を着ていた。

「え?な、夏実ちゃん?」

フリーズする、ぼく。

「夏実ちゃんって、どっち?お兄ちゃん?」

「背の小さい男の子の方」

「男の娘の方ね♪」

「ちょ、ちょっと内藤くん出てって!」

テンパった夏実ちゃんが、ぼくを突き飛ばしに走ってくる。

 その途中で足をもつれさせて、普通にタックルになった。

 あぶね。

 夏実ちゃんを受け止める。男のくせに軽いな。こいつ。

「きゃあ~っ♪まじまじまじまじ」

仁美ちゃんの悲鳴が、テンション高い。

「まじまじ!?夏実ちゃん先輩。まじ男性なんですね!」

仁美ちゃん楽しそうだな。箸が転がってもおかしい年頃なんだろうか。

「ちょ……しゃ、写真撮らないで!」

携帯電話のカメラを向ける仁美ちゃんを夏実ちゃんが制止する。いまだ足をもつれさせて、ぼくにのしかかったままでは、それもままならない。

 それを見ていた都祭さんが、口を挟む。

「その子が、さっき言っていた一年生?」

「はいっ。上原仁美です!見学に来ました!」

「……なるほど。ところで上原さん」

「はいっ!」

「国語の問題。『攻め』の対義語はなに?」

「受け!」

「守りだよ!」

ヤケクソ気味に直したのは、夏実ちゃんだ。

「やっぱりね」

「なにが、やっぱりなんだ?都祭さん?」

予想通りという顔をする都祭さんにたずねる。夏実ちゃんも助け起こしてあげる。

「きゃー♪」

また、仁美ちゃんがバシャバシャと写メを撮りまくる。

「う、上原さんっ!違うからね!ぼくは、まつりに無理やり着せられただけだからね!」

夏実ちゃんが、必死に言い訳をする。『友達に乗せられて』『友達が勝手に』なんと空虚な言い訳なんだろう。

 夏見屋夏実は放課後に女の子の服を着る。

 省吾、おぼえた。

「上原さんは、腐女子なのね」

「婦女子?」

「ちがうよ。内藤くん。腐った女子と書いて、ふじょしと読むんだよ」

ああ。アレか。ホモが好きな女子か。

「仁美ちゃん、ホモが好きなの?」

「ちがうよ!お兄ちゃん!ホモとBLは違うんだよ!帰ったら、漫画と小説たくさん貸してあげるから、ちゃんと勉強して!」

違うのか。そして、勉強させられてしまうのか。

「それで、お兄ちゃん×夏見屋先輩の写真撮らせて!」

「夏実ちゃんとぼくが、なにをするって?」

「違うよ!お兄ちゃん×夏見屋先輩だよ。どうみても!」

「だから、夏実ちゃんとぼくだろ?」

「違うってば!」

はぁーとため息を吐き出したのは、都祭さんだ。

「先に来る方……左側とも言うけど、そっちが攻めで、右側が受けなのよ。その順序は腐女子にとって重大よ」

え?攻め?受け?

 攻め!と、受け!かっ!?

 理解した!

「「いやだよ!」」

ぼくと夏実ちゃんがハモる。

「ハモってないで!ホモって!」

「「だれうま!」」

 なるほど…。

 香織が『最近、あの子おかしいから』と言っていたのはこれか。

 納得した。まぁ、でもいいじゃないか。ホモ好きでも。女の子の服を着ても。夏実ちゃん、似合うし。

 仁美ちゃんが、ぼくと夏実ちゃんをみて興奮するのは、ちょっとキモチワルイけど。

 あと、写真消して。お願い。

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