第5話 【四月十四日 午後四時二分 ~都祭真理~】

 生徒会室の前に椅子が並んでいる。

 うちの部活―服飾文化研究会―を含めた零細部活の代表がその椅子に座って順番待ちをしている。生徒会が用意したかと思うと座るのも気に食わない。廊下の反対側で外を眺める。グラウンドでは、今日も運動部がアドレナリンやテストステロンでラリっている。スポーツで豊かな人間性というけど、実はアレ脳内麻薬中毒者を作っているだけじゃないかしらん?時折報じられる元スポーツ選手の麻薬スキャンダルを思い出す。脳内麻薬が出なくなると、外部に同じモノを求めるんじゃないかしらん?

 待ち時間って暇よねー。

「つ、次のクラブ代表さんどーぞー」

 そこに生徒会室から声がかかる。

「クラブ代表を呼び出したつもりだったんだけど?なんでまつりが来るの?」

「代理よ」

 やりにくそうな表情で出迎えた生徒会長青森美園に最短の返事でごまかす。

「代理が来るなんて聞いていないんだけど?」

「代表の加水は体調不良で早退しました。持病です」

 頭の持病です、と声に出さず付け足す。あいつの実家を考えると、頭の検査くらいされたかも知れないなと思って、洒落にならないなと思った。本人の前でうっかり口を滑らせないようにしたい。でも、それが出来ないから、ここに立ってる気もする。

 私って、不器用よねー。

「…………」

 一方の美園は少し口をもにょもにょさせていたが、あきらめたらしい。

「じゃあ、用件だけ伝えるわね。服飾文化研究会はクラブ活動の要件を満たしていないから早急に満たさない限り取り潰します」

 言いにくいことをズバッと言うなぁ。

美園は将来、女管理職になって家族と家のローンがある四十代の部下にズバッとリストラを告げるタイプだと思う。

「大きなお世話よ。部費を無くす方にしてくれる?」

 美園の横に座る小さな下級生が珍獣発見みたいな目でじーっと見ている。珍獣ならうちの加水規矩之代表がおすすめ。

「部費なんて、とっくにゼロでしょうが」

「あんたが、変な計算式を導入してくれたお陰でね」

 こいつ、生徒会長になった途端に部員の人数が五人を超えたところから部費が対数曲線的に増えていく計算になった。予算割り当てがスムースに行くようにという理由とか言っていたが、明らかに零細部活イジメである。当時の言い訳は去年卒業した映画研究会の卒業生が部費で映画を見ているだけだったということだけど、今になって分かる。あれは零細部活をつぶしたかったのだ。

 本来の目的を隠蔽して制度を導入するとか極めて悪の女子力が高いよなぁ。

「今、あの都祭真理が女子サッカー部に移籍すれば、うちの学校もいいところ行くと思うんだけど?どう?」

 私の沈黙を今後の身の振り方を考えていると勘違いした美園がセカンドキャリアを提案してくる。貴様、マジで女管理職オススメ。

「サッカーの文句なら、うちのヘンタイ加水にいいなさい」

「加水くんにももちろんサッカー部を移籍先に薦めるわよ。中学MVPだもの。復帰してもらわないと。あんたもだけど」

美園がゴンゴン地雷を踏んで行く。的確すぎて、ワザと私を爆発させる罠っぽさ満点だ。女の会話っていやーねー。ワナだらけだわん。私も女だけど。

「……で、具体的には何が足りないの?クラブの要件って?」

 美園じゃなくて、隣に座る小さな下級生に聞く。中等部かしら?えらく小さいわ。名前を知らないから、とりあえず小動物ちゃんと呼ぶことにしよう。

「とりあえずは人数よ。三人なんて部活にならないでしょうが」

プリントアウトした紙を見ながら、なにか答えそうになったリスみたいな下級生を牽制しながら美園が答える。極めて嫌な予感がする。これまた罠っぽい。

 つくづく間違ったところに間違った人選で来てしまったと思う。こういうのを相手にするのは、加水の得意分野でしょうが……。なんで加水は逃げるのよ。

 まぁ、得意と好きは違うかしら。そうね。違うわね。自己完結。

「人数?前会長は文句言わなかったけど」

 目を少しすがめて、圧力をかけてみるが青森美園は揺るがない。隣の小動物はびくっとした。なかなかかわいい。持って帰っていい?

「そ。早くしてね。五人以上が部活の条件。今までまじめに適用されたことなかったみたいだけど、それが校則だから。山口さん、部員申請用紙を何枚か渡してあげて」

「は、はい……ど、どうぞ……都祭先輩」

だまって小動物から用紙を受け取る。今、山口という名を知ったけど、小動物と呼び続けることにする。

「要件は、それだけ?」

「ま、そうね」

 美園に要件終了を確認して辞去することにする。逃げ出すとも言う。

 そこを小動物ちゃんに呼び止められた。意外。小動物ちゃん、もっとビビっているかと思っていた。

「なに?」

「あ、あの……。と、都祭先輩……ファ、ファンでした……」

「そう?ありがとう」

 びびっているんじゃなくて、そっちの方だったか。

 過去形だったことに安心して後ろを向く。

 小動物ちゃん。好きと得意は違うからね。

生徒会室を出るときに、窓の向こう側が見える。グラウンドの向こうで陸上部がスタート練習をしている。

ご苦労なこと。


◆◆◆◆


 部室である家庭科被服室では、夏実が一人で劇画を読んでいた。

「いけないわ」

 すぐに夏実から小池一夫先生の劇画を取り上げて、カバンから出したひかわきょうこ先生の少女マンガと二つ机に並べる。

「?」

 まだ分かっていなさそうな夏実に質問する。

「なつみ。どっちが読みたい?」

 無言で間違った答えに向かって伸びた手を殴打する。

「いたっ。なにすんだよ」

「なつみ。言葉遣いが可愛くない」

 ちょっぷ。夏実の頭部にちょっぷ。

「いたたっ」

 まったく、夏実は物覚えが悪い。

「いい。なつみ?なつみは可愛い」

 せっかく褒めているのに、不満げな表情の夏実である。

 原作・小池一夫先生、作画・池上遼一先生のビッグコミックを指差す。

「いい?可愛い子は、こっちは読まない」

 ひかわきょうこ先生の花とゆめコミックスを指差す。

「可愛い子は、こっちを読む」

「いいじゃン!ぼくだって、たまにはシリアスなの読みたいンだよ!まつりだって、女子のくせに週刊プロレス読んでるじゃン!」

 あれは月刊ゴングが休刊になってしまったからしかたないのだ。

「自分を棚に上げない!可愛いなつみは、可愛いものを可愛く補給して可愛くしていないと!」

「いや!ぼくはもっと男らしさを力強く補給して真の漢になるンだっ!このままでは、まつりに遊ばれてばかりだ!なにを着ているかなンて、気にならないほどに内側から滲み出す真の漢らしさが必要なンだよ!」

 早くも小池一夫先生の影響が見え隠れする。

「服飾文化を全否定したわね。なつみ」

「……。ぼくもちょっとそこは気になった」

「池上先生の漫画って、すぐにバッって脱ぐわよね」

 しかも高確率でそのあとに一ページぶち抜き筋肉絵が来る。

「服飾すっとばして肉体美だよね……」

「だからこっち」

 花とゆめコミックスを手に持って斜めに立つ。漫画なら『ス…』っというカキモジが描かれているところだろう。

「……」

「じゃないと、なつみを芸術筋肉研究会に送り込むことになるわ」

 いろいろ納得していない表情で夏実がひかわきょうこ先生の「銀色絵本」を受け取る。それで良し。

「……それで生徒会はなんだって?」

「そういえば忘れていたわ。あと二人部員を集めないと部活つぶすって言われた」

「えっ!なんでそんな重要なことを先に言わないの?」

「そういえば、言及するって英語でメンションって言うわね」

「どうしてメンチオンしないのォーッ!」

 劇画の悪影響が看過できないレベルに達した。一番受けちゃいけない影響を受けている。今すぐ可愛い少女マンガで中和しないと命に関わるわ。

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