第6話 【四月十五日放課後~都祭真理~】

「まつり、ここに名前書いて」

 放課後、部室で新作のメイド服を試着しているとなつみが部員の登録用紙を差し出してくる。なつみの前の机に乗っている漫画が少女マンガなことを指差し確認する。漫画よぉーし。

 その向こう側で、もう一人の部員加水規矩之がいそいそと自作衣装のサイズを確認している。昨日の敵前逃亡を咎めるべきかどうかを少し悩んで、不問にすることにする。

 とりあえず目の前の用紙である。

「映画研究会?」

「昼休みに、内藤くんと話したんだけどクラブ代表以外は二つまで掛け持ちができるから」

「なるほどねー。それで部員不足を補うのねー。ところで映画研究会って何してたっけ?」

 用紙に名前を書き込みながら尋ねる。

 映画研究会か……かわいい格好をした女の子がたくさん出てくる映画なら観るのも悪くないわねー。アリス服みたいのってあまりリアルじゃ見れないし。

「ゾンビ映画ガンガン観てたよ」

「ゾンビ?」

「ゾンビ」

 ミラ・ジョヴォビッチの方のアリスが出てきた。見たいアリスはそっちじゃないの。

「ところで、その掛け持ち制度は美園にイキナリ廃止されたりしない?」

 廃止されたら足元をすくわれるし、こういう逃げ場が見え見えで用意されているあたりが伏兵を潜ませているっぽい。大丈夫かしらん。孔明の罠じゃないか知らん。

「それは、ありませんわ。ご主人様♪」

 ついたての向こうからメイド服に着替え終わった加水が現れる。身長百七十八センチの女装男子である。しかし、これがせめてキモければ救いがあるのに、普通に美人だから困る。目をすがめてじーっと見るがメイクも手伝って、女装の持つ不自然さの欠片も見つからない。骨盤の広さがわからないスカートなのも手伝って性別が完全に隠蔽されている。

 こいつこそ小池一夫先生原作の男の漫画を読むべきだわ。

「あの掛け持ち制度は、水泳部とスキー部とかスケート部と自転車部とかが季節に関わらず優秀な選手を掛け持ちさせるために始まったんですのよ」

 『ですのよ』じゃねー。おキメェですわ。

「運動部の成果に飢えてる生徒会は、掛け持ち制度を禁止できません」

 ふむ。

 相変わらずキクは頭の回転が速い。たしかにスピードスケートと自転車のトラック競技とか、水球とハンドボールとか、ほとんど同じような能力が必要になる部活は多い。うちの学校はやたらと部活の数が多いから、どんなマイナーな競技の大会にも代表を送り込めるのが強み。マイナーな競技は競技人口が少ないから、甲子園優勝はムリでもあわよくば……ってところはあるだろう。そこにわざわざ校内の制度で不利を持ち込むことはないだろう。

「なるほどね。じゃあ、掛け持ちで映画研究会から二人借りれるの?ってか、映画研究会って何人いたっけ?」

「昨日からは三人だって言ってた」

「ずいぶんと少ないわね」

 映画研究会って、なんとなくもっとメジャーな部活かと思っていたけど。

「上原香織がいらっしゃいますから」

「ああ……ゲロ女」

「まつり、だめだよ」

「失言だったわ」

 うん。今のはマズかった。上原だってたぶんだけど、好きでゲロってるワケではないのだ。男性恐怖症とか、なんかそんな病気なんだろう。病気をそんな風に言ってはいけない。でも、それにしてもあいつはもう少し愛想というものを覚えたほうがいいと思う。

「愛想に関してまつりがなにか言うのは、違うと思うよ」

「違いますわね」

 なんだとぉー。

 ……まぁ、私もけっして愛想のいいほうじゃないけどねぇ。鏡の前で笑顔の練習とかしたほうがいいのかしらん?

「とりあえず、上手くすれば内藤くんのところから二人掛け持ちが入って、うちは五人達成だよ」

 むぅ……。

 なつみがキクと私に欠如しているコミュ力とやらで、あっという間に部活の危機を救った。

 コミュ力すげー。

 でも、私はコミュ力じゃなくてオーラちからでイロイロ解決したい。

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