第2話 【四月十五日 正午~内藤省吾~】
「そっちも当たり前に呼び出された?」
昼休み。廊下で出くわした夏実ちゃんが聞いてくる。男子だが、この名前とこの小ささと顔では夏実ちゃんと呼ばざるを得ない。あと、夏見屋夏実という名前は親が洒落でつけたとしか思えない。このくらいキャラが立っていると、さすがのぼくも人の名前を覚えられる。
やられたとは、もちろんナチス青森の弱小部狩りだ。夏実ちゃんが犯られたわけではない。
「あのファシストめ」
その言葉で、夏実ちゃんへの返答とする。
「そっちは、ふたりだもんね。さすがにだめでしょ」
「昨日の午後四時からは三人だよ。中等部の一年生に香織の妹が入学したから追加しておいた。夏実ちゃんのとこのコスプレ部だって三人だろ」
「正式名称は『服飾文化研究会』ね。略すなら『フク部』だよ。あと妹さんの自由意志がまったく尊重されてない言いっぷりだよね……映画、好きなの?その子」
「タワリシチの資格は十分だと見たね」
「たわりしち?」
「ロシア語で同志って意味なんだ。ハリウッドの映画で覚えた」
「なんで、ハリウッドの映画でロシア語?」
昔のハリウッドの映画は基本的にソ連を馬鹿にしてるからね。ロシア人たちは互いにタワリーシチーって呼び合ってたりする。ロシア人って、本当にあんな呼び方してたのかな。今じゃ、やってないだろうな。社会主義じゃないし。
「……それはさて置いてさ。内藤くん。ひとつアイデアがあるんだけど」
脱線しそうになった会話を、戻してくれる。危機に至ったぼくらに脱線の余地はあまり残されていない。
「うん…それは、ひょっとして、タワリシチな感じのアイデアかな」
「察しがいいね。タワリシチ内藤くん」
「そのとおりだよ。タワリシチ夏見屋くん」
教室に戻り、タワリシチ夏見屋から部活動のメンバー登録用紙を受け取る。
「映画研究会の用紙は?いいの?」
夏実ちゃんが、不審な顔をする。
「いや。そこが、ちょっと難しくて……」
「あー。吐くから?」
「うん。えーと、東都さんだっけ……あっちは多分いいんだけど、えっと加藤だっけ…あっちはちょっと」
「都祭と加水ね」
「あ。それそれ」
「いい加減おぼえてあげなよ」
「人の名前覚えるの苦手で……」
面目ない。おかしいな。映画の役者や台詞は覚えられるのにな。
「いいけど。とりあえず、まつりに聞いてみる。メンバー登録用紙持っていくね」
登録用紙を交換する。
◆◆◆◆
そして、部室に行くと先に香織が弁当を開いて、ゾンビ映画をdvdプレイヤーにセットしているところだった。おかずはハンバーグみたいだ。
香織がリモコンを手にとって、早送りした。
「この映画、ゾンビ出るまで長いのよねー」
映画のストーリーがAVのインタビューシーン並みの扱いだ。
「ゾンビ出てないところも観ろよ。作った人に申し訳ないだろ」
「いーの。これ、ストーリーはクソだから。でもゾンビの造形と破壊シーンは絶品。超リスペクトしてるわよ。あ♪」
かわいいウサちゃん見ぃつけた。みたいな嬉しそうな「あ♪」だけど、画面に映るのはゾンビだ。ゾンビちゃん、かわいいかにゃ?香織ちゃん?
ぶばっしゃあああんっ。
画面の中でショットガンが、ゾンビの真ん中をぶち抜く。水っぽい血肉がスプレーのように吹き飛び、背後の壁を染め上げる。
ぶばっしゃああんっ。
がしょんっ。
二連装ショットガンの二発目をぶっぱなして、頭を吹き飛ばす。下半身だけになったゾンビが、よたよたうろうろ歩き回る。
「ところで、残り二人の部員のことだけど」
「要らないわ」
話が昨日から一歩も進展していない。下半身だけのゾンビくらいは前に進みたいと思う。
「部室なくなると困るでしょ」
「困るわ」
「だから、あと二人。幽霊部員でもいいから」
「ゾンビ部員なら欲しいわ」
「香織さん。幽霊部員というのは、別に死んだ人の霊魂が部員になるわけではなくてですね」
「幽霊は弾もバットも当たらないからつまんないわ」
ゾンビ部員がいたら、香織ちゃんはなにをするのかにゃ?
「隣のクラスの、えーと、えーと」
名前、なんだっけ?名前?
「英子ってだれよ。ファッキン省吾。そのクソと区別のつかないな脳みそには、女のことしか入ってないの?」
機嫌の悪くなった香織がにらむ。
「英子じゃなくて、えーと、あ。思い出した。都祭さんだけどさ」
「血祭りなら大好きだわ」
隣のクラスに、そんな名前の人はいない。
「血祭りさんじゃない。都祭さん。彼女が映画研究会に名前を貸してくれるかもしれないんだ。いや。直接頼んだわけじゃなくて、実は…」
夏実ちゃんとの作戦を話す。
「私が、服飾文化研究会に名前を貸すの?」
「できれば、仁美ちゃんも……」
「向こうは一人じゃない」
「加水くんにも頼んでもらってもいいけど、加水くんが来たらマーライオンになるだろ」
「火星人くんならいいわ。タコみたいのか、虫みたいのなら」
「加水くんは、そういう名前だけど地球人だよ。ホモ=サピエンス。太陽系第四惑星の生物ではないと思う」
「カオール!」
「カオール!」
ぱちんっ。香織とハイタッチする。
「火星の挨拶が通じたわね」
「香織が貸してくれたんだろ。『火星のプリンセス』」
「ひどいSFよね。あれ」
「貸した本人が言うなよ。ぼくもひどいと思ったけど」
「とにかく、火星人じゃないならいやよ。ジョン・カーターでもいやよ」
予想通りであった。
とりあえず、服飾研究会のメンバー登録用紙に香織の名前とサインをもらった。
仁美ちゃんは、来ないな。放課後かな。
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