第17話 歪な結婚
とんでもない場面に遭遇したものだ。
ミイコの本命であるはずの前原さんの行為が、ミイコの好きなものとかけ離れていたので、少しだけ忠告をしたのだけど、彼はそれを押し通そうとしたし、暴力を振るおうともしていた様なので、介入する事にした。
教えて上げようと思い、前原さんから引き継ぐ形でミイコを気持ち良くさせて上げたところ、濡れていなかったミイコがあっという間に受け入れ準備を完了した。
俺の指先が濡れている所を前原さんに見せて、こうやった方がミイコは悦ぶよと教えて上げたつもりだったが、ミイコの方がその場に居る前原さんより俺としたがったので謝っておいた。
二人になった俺達は、直ぐに身体を求め合った。
うん。やっぱり相性が良い。
セックスの相性なんてものは自分が感じるものであり、それを相手に求めるのは間違っていると聞いたことがある。
得てしてそれは男が女に求める事が多い。
それは何故か。
セックスで女を気持ち良くさせることによって、男の支配欲を満たそうとしている所があるのでは無いだろうか。
『俺達って相性いいよね?』
そんな事を聞かれる女はこう答えるしかない。
『あ、うん!』
それで男は満足するのだからどうしようもない。
実際はと言うと、そんな事もないのかもしれない。
今し方行為をした相手を前に、そう答えるのは礼儀であると思われる。
お互いに好きで付き合っているなら、セックスだけが全てではなくて、相手の考え方であったり、仕草であったり、その人が持つスペックであったり、一緒にいたいと思う条件なんて多種多様である。
そんな相手と仲良くやっていきたいという思いが女の口から出るだけだ。
決して嘘をついている訳ではなく、好きなんだから気持ちいいのは嘘ではないし、以前付き合っていた碌でもない男の方がセックスは良かったけれど、一緒に居たいのはこの人だという本音があったとしても、態々そんな事を言って好きな相手を傷つける必要もないという、関係を円滑にする潤滑油のような返事だ。
俺は知っている。
この世の真面な女性が、薬等を使われない限り、快楽堕ちなんて事は有り得ないのだと言う事を。
浮気や不倫をするのは、単純にその人の欲が勝ったからにほかならない。
それは状況に興奮するのかもしれないし、本当に自分のパートナーより上手だから、それに快楽を求めるだけ。
快楽堕ちとは、嫌いな相手から無理矢理されて、それでもその与えられた快楽だけで嫌いな相手を受け入れる事だと思っている。
有り得ないね。
特に女は感情を大事にする傾向が強い。
無理矢理されて感じる事が有り得ない。
それがそういう性癖だったり、周りには嫌いだといいながらも実際は相手に対して多少なり感情を持っていれば話は別だけど。
結局好きだという感情には勝てないし、俺は何度も経験してきた。
付き合った相手がという訳ではなく、関係を持った相手とセフレになったとしても、相手は彼氏が出来たら其方に行ってしまう。
それでも関係を続けたいという女はいたが、それは俺の事が嫌いな訳でもなく、セックスが良いから付き合うのはちょっと違うけど、性欲は満たしたいという話だ。
こういう人間は、いくら好きな人がいても同じ事を繰り返す。
男がいながらそんな関係を続けるのは、俺にとってデメリットしかない。
お断りだ。
ミイコの件は、真面目に付き合っているなら兎も角、相手が既婚者だと知っていたし、それなら遠慮は要らないと自分の欲を優先させた訳だが。
さて、行為が終わり俺の腕枕で横に寝ているミイコをチラリと伺う。
ミイコは俺と目が合うと、視線を外して俺の胸に顔を埋める。
なんと言えば良いのだろうか。
さっきの状況を思い出し、少しだけ考えた。
何も思わなかったのかと言うと、そんな事はない。
正直とんでもないダメージを受けている。
これ程相性が良くなければ、俺の下半身は反応しなかったというくらいに、ショックだ。
しかし、俺だって同じ様なものだし、それを責めるなんて思いもしない。
要は歪なのだ。
この結婚も、俺の思いも、ミイコの不倫も、何もかも解決しないままここまできたから、おかしくなっているのは間違いない。
「…ソウくん?」
ミイコが俺の目を見ずに呟いた。
「どうしたらいいのかな?」
何がだろう。
前原さんの事なのか、この結婚の事なのか、俺には良く分からない。
「ミイコ、さっきも言った通り、俺は本音で話そうと思って今日来たんだ。取り敢えずリビングで話そうか?」
「…うん。」
服を着て、リビングに移動した。
ミイコがハーブティーをいれてくれて、それに口をつけた。
俺は服から煙草を取り出し、テーブルに置く。
それを見てミイコは少しだけ目を見開くような顔をした。
俺が煙草を吸っている姿なんて見せた事なかったから驚いているのだろう。
「隠しているつもりはなかったけど、家では吸わないようにしてたんだ。本音で話すって言ったし、本当の俺を見てもらいたいから、いいかな?」
そう言うとミイコは微笑んだ。
「うん。私もちゃんとソウくんを見たい。」
「ありがとう。」
礼を言って、煙草に火をつけた。
この部屋に灰皿はないから、携帯灰皿を取り出し、キッチンの換気扇を回した。
「さっきの話だけど、俺の話を聞いてから決めていいから。」
煙草の煙を吐き出し、真剣な表情をしているミイコに、俺は自分の本音をぶちまけて行く。
好きなのかどうか分からないと。
身体目当ての結婚だったと。
そして、俺はミイコの事を知っていたのだと。
終始無言で、表情も変わらずに、ただ頷いて聞いているミイコがどんな思いをしているのかは分からなかったが、俺は全ての事を話して聞かせた。
「ガッカリしただろ?酷い話だよな。」
締め括るように言うと、ミイコは一度顔を伏せ目を閉じ息を吐き出した。
「酷い話だね。」
顔を上げたミイコは、何故だか笑顔で俺の言葉を肯定した。
「でも、私の方が酷いよね?だから…お互い様かな?」
「そう、かもな?」
「でもね、ソウくんは私の身体目当てだったかもしれないけど、とても優しくしてくれたし、やっぱり私の方が酷いや。」
それからミイコの話を聞いていくことにした。
俺は殆ど知っていたし、今更ミイコに悪い感情を持つ事もなかったけど、頭の中のソウくんという話には口元が緩んだ。
結局、前原さんの事は好きだったのか分からないそうだ。
と言うよりも、ミイコの中で答えは出ていて、依存していただけなのだと思っているようだ。
「良く分からないね。好きって何なのかな?」
「さあな。俺も分からないから。」
ミイコが立ち上がり、キッチンに向かった。
戻って来たミイコの手には俺が良く使っていた包丁が握られている。
「なんか…良く分からないの。自分の気持ちが。でもね、ソウくん。」
「なぁミイコ。俺には家族もいないし、子供も残せない。志摩って言う姓は俺で途絶えるし、もう余り生きてる意味も考えられない。…一緒に死ぬか?」
そう言うと、ミイコは一瞬驚いて微笑んだ。
「私も疲れちゃったかな。本当はね、幸せな家庭が欲しかった。子供を連れて家族で散歩とかしたかったなぁ。」
俺は立ち上がりミイコを抱き締めた。
「ソウくんはどんな私でも受け入れてくれるんだね?好きじゃないから?」
「分からないけど、大事だからかな?」
「フフッ…身体がね?」
「まぁ…否定は出来ないな。」
俺達は微笑み合い、ミイコの持っている包丁がゆっくりと俺の首元に添えられた。
俺は一度笑顔でミイコを見つめ、目を閉じた。
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