第16話 返り討ち

 話し合いの当日、私はできる限りのオシャレをして、宗次郎を待っていた。

 宗次郎にカットして貰った髪は概ね好評で、私自身も気に入っている。


 さて、私が選択した今日の方針は、離婚の回避。


 今迄修司さんに別れ話をされる事が怖かった。

 でも、今回私から別れ話をしてみた所、意外にというか、なんの未練もなく話を終えられた。


 何故怖かったのか?


 それは、なんの価値もない自分を必要としてくれる男性が居なくなると思ったから。


 修司さんに固執する余り、私は周りが見えなくなっていた。


 それでも、修司さんが私と一緒なりたいと、でも奥さんが邪魔をしているというなら、一緒に死のうと思っていた。


 私が本当に欲しかったのは、幸せな家庭。

 それを思い出させてくれたのは、宗次郎だった。

 正確には宗次郎に抱かれた日に見た夢。


 別れようと思えば、ペナルティを負ってしまうが別れられる現状で、そんな覚悟もないというなら、どう考えても修司さんとはあんな家庭は作れない。


 そして、この半年の事を思い出した。

 疲れて帰っても笑顔で迎えてくれたし、後ろめたさで視線を合わせづらくて、そのまま寝てしまっても、翌朝には朝食が準備してある。


 碧に聞くと、感情を表に出す事が少ない宗次郎が、いつも笑顔で接してくれた。


 私は間違いなく夫に必要とされていた。


 もしも、まだ私の傍に居てくれる気があるのなら、私を許してくれるのなら、今度はきちんと向き合ってみようと思った。


「この前までだったら、この時間には修司さんと待ち合わせをしているのに、不思議な感じ。」


 もう何年もそうして来てたから、条件反射的に何時も起きる時間に起きてしまった。


 宗次郎が来るまで後30分程。


 ハーブティーを飲みながら、気持ちを落ち着かせていると、玄関のチャイムがなった。


「あ、早く来たんだ…」


 私は何の疑いもなく、確認もしないまま玄関を開けた。


「随分早かった…ね?」


 そこにいたのは宗次郎ではなく、修司さんだった。


「何で待ち合わせ場所に来ないんだ?」

「…っ、だ、だって、もうお別れしたじゃない。」

「俺は納得してないぞ?…旦那はどうした?」

「…修司さんとの事を話したの。それで…」

「はっ!出ていったんだな!?」

「あ、いや、それは。」


 宗次郎がいない事に、修司さんは気が大きくなったようで、家に上がり込んできた。


「へぇ、ここで夫婦してたって訳か。」

「ちょ、帰ってよ!」



 勝手に上がってきた修司さんに出て行って貰おうと腕を引っ張るけど、そんな事は意に返さず、ニヤニヤしながら歩き回り、寝室のドアを開けて、私を振り返った。


「旦那には捨てられたんだろ?じゃあ今迄通りでいいんじゃないか?」

「ち、ちがっ…」

「ぽっと出の旦那より俺の方がいいに決まってるよなぁ?!美衣子の事は俺の方が知ってるんだから!」


 そう言いながら修司さんは私をベッド迄引き摺り、折角今日の為に買ってきた服を引き裂いた。


「や、やめて!」

「俺の方がいいって言えよ!おら!」


 宗次郎に初めに見てもらおうと思っていた新しい下着も、全て荒々しく剥ぎ取られて、修司さんは私に覆い被さってきた。


 あぁ、やっぱり私はこの人から離れられないのかもしれない。


 少しだけ前を見て、幸せになろうと思った事が、贅沢だったのだろうか。


 こんな私が宗次郎と一緒になりたいなんて、甘い考えだったのかもしれない。


 血走った目をして、今のこの状況に興奮しているように、私の上で激しく動いている修司さんを見て、もう何もかもどうでも良い気持ちになっていく。


 全く何も感じない。


「旦那よりいいだろ!あぁ!」


 そう言って私を平手打ちし、修司さんは益々興奮していく。


 抵抗する気さえ失せて、私は天井を見つめながら人形になろうと思い始めた時、視界の端に動く人影が見えた。


「えぇーっと…どういう状況?」


 声の方を見ると、寝室の入口で苦笑いをしている宗次郎がいた。


「ソウくん…」

「なっ!出て行ったんじゃ…?」


 修司さんも私に乗っかりながら振り返り、動揺を隠せないでいる。


 終わった。


 こんな姿見られたら、もう一緒にいる事なんて出来る筈がない。絶望に暮れていると、宗次郎が頭を掻きながら、その場に座った。


「あぁ〜、うん。じゃあ、ヤリながらでいいから聞いてくれ。」


 まるで昼食時に仕事の話をしに来た上司の「食いながらでいいから聞いてくれ。」のような事をいいながら、宗次郎は話し始める。


「今日はちゃんと包み隠さず話をしようと思って来たんだ。まぁ、前回ミイコが俺にちゃんと話してくれたし、俺も本音で話そうと思ってね。あ、えーっと前原さんだよね?そうやってもミイコは気持ち良くないと思うよ?」

「…はぁ?」

「ソ、ソウくん?」


 私も修司さんも戸惑うばかりだった。

 でも宗次郎の言葉に、修司さんは顔を真っ赤にして震え出した。


「ざけんなよ?美衣子の事はお前より知ってるんだ。俺の方がいいに決まってるだろ。」


 こんな状況にも関わらず、修司さんは私に入れたまま。

 私は絶望から困惑へと感情がひっくり返り、動けずにいた。


「そうかな?ミイコ、そう言うのが気持ち良いの?」


 何の動揺も感じさせない、本当に疑問が口に出たと言うように、私に聞いてくる。


「え?…全然。」


 私は戸惑いながらも、素直な感想を伝えると、修司さんがまた手を振り上げた。


「美衣子!」

「おっと、ちょっと待ってよ。」


 修司さんが振り上げた手を宗次郎が掴み、私は殴られずに済んだ。


「手を出しちゃダメだよ。ミイコにはそう言う性癖ないんだからね?んん〜…ちょっと代わってみようか?」


 驚いた顔をした修司さんを押しのけ、私は宗次郎にベッドから立ち上がらせられ、ギュッと抱きしめられた。


「おい!何やって…はぁ?」


 抱き締められるのと同時に、宗次郎は私の耳をハムっと唇でくわえながら、背中をフェザータッチで触れる。


「んあっ!はぁ、ん…」

「全然濡れてなかったみたいだね?直ぐに濡らしてあげるよ。」

「あんっ!あぁ…ダメっ…んむっ!」


 絶妙な力加減で私のお尻を触り、ネットりとしたキスをされる。

 先程までの嫌な感情は一気に消え去り、私は夢中で宗次郎の舌を受け入れる。

 私は宗次郎の首に腕を回し、宗次郎は濡れていなかった筈の場所に触れる。


「ほら、もうこんなに…」


 見せつけるように指を修司さんの方に翳すと、宗次郎の指はテラテラと光っている。


「…ぐっ」


 悔しそうな、恥ずかしそうな表情を浮かべる修司さんに、私は笑いかけた。


「ごめんね修司さん。やっぱり私の旦那の方が、気持ち良いみたい。」

「だってさ?ごめんね、ミイコを取ってしまって。」


 宗次郎が言うと、修司さんは無言でズボンを履きだした。


「付き合ってられるか。バカ共が。」


 捨て台詞としては冴えないものだったけど、そのまま出て行った修司さんには目もくれず、私は宗次郎を求めた。


「ソウくん…お願い。しよう?」

「んん?話し合いに来たんだけど、まぁ…俺も収まりが付かないから、しようか?」

「うん!」


 私達の話し合いは、一度エッチをしてからという事になった。

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