第11話 好きな人

 今迄外見に気を使っていなかったのだろう。

 伸びっぱなしの髪は荒れ、スタイルも何もあったものでは無い。


 この半年、俺が切らせてと言っても、今度ねと、断られ続けていて、手をつけていなかった。


 基本的に夫婦生活なんて物はなくて、ミイコは遅い時間に仕事から帰ると、風呂に入り寝てしまう。


 食事も一緒に取る事が珍しく、俺が真面な夫ならば、なんの為に結婚したのかと怒っていた事だろう。


 そんな事俺には関係ないし、月一でも関係を続けれた事にこそ価値があった。


 一応、彼女のストレスにならないように立ち回り、家に帰ってくるようにくらいは気をつけていた。


 お互いに不干渉で、それでも顔を合わせれば笑顔で接する。


 俺も全くストレスはなかった。


 家に帰ってくるミイコを見るだけで、欲望が渦巻く。少しずつ俺好みの身体になっていくその姿は、とんでもないご馳走様が作り上げられていくようで、いつかそれを頂くという目標が出来、ストレスどころか生活に張りを与えてくれた。



「ミイコ、どうする?」


 ミイコにタブレットを見せて、ヘアースタイルが乗っているページをフリックしていく。


「えっと、ソウくんにお任せでもいいかな?」


 俺は身震いした。

 更に俺好みにしてもいいのかと、ゴクリと息を飲んだ。


「じゃあ、任せて貰う。ただ、かなり切ってもいいか?」

「え?うん。髪型とか余り分からないから、好きにして?」


 最後の言葉で俺は、興奮した。

 好きにして…だと?


 全力で事に当たらせてもらおう。


 俺は話したいと言うミイコを置いて、無言でカットをしていった。


 超ロングだった黒髪を、バッサリと背中辺りで切り、セミロングに整える。野暮ったい前髪も、キッチリ作り、隠れて見えなかった顔が露出する。


 色は敢えて入れず、重い印象の黒髪に、ラフなパーマをかけ、ふわりとした軽い印象にする事にした。


 加温機で温めている間、他の客と同じようにハンドマッサージをしてみる。

 手のひらでハンドクリームを伸ばしていると、遠慮がちに話しかけてきた。


「ねぇソウくん…その」

「どうしたの?」


 何かとても言いにくそうな感じで、視線をさ迷わせながら言葉を選んでいるように見える。


「あの、届ってもう出したの?」


 ああ、そんな事か。

 出すのを待ってと言われたけど、やはり出してくれと言うのだろう。それは言い難いだろうな。


「いや、悪い。あの届ってさ、証人が二人いるんだよ。一人は碧に頼んで書いてもらったし、後はここのオーナーに書いてもらう予定だからさ、心配しなくても、近日中に出すよ。その後連絡必要かな?」


 そう言うと、少し安心したような顔をして、俯いた。

 まぁあんな物他人に任せていたら心中穏やかでは無いだろう。


「碧のやつぅ…」

「ん?何?」

「ああ、何でもない!…事も無いけど。」

「ミイコ?」

「あのさ…もう少し続けてみてもいいかなぁ〜とか言ったりして。」


 うん?何を続けるというのか。

 要領を得ないな。


 首を傾げながら、充分に伸びたハンドクリームをミイコの手に塗布していく。

 丁寧にマッサージをしていくと、ミイコの目がトロンとしていく。


「んっ…気持ち、いい。」


 アツイ吐息を吐きながらそんな事を言うものだから、下半身が反応してしまった。

 あぁ、虚しい。

 もうこいつを抱けないと言うのに、情欲ばかりが募っていく。


「あっ…ソウくん。帰っておいでよ。離婚止めよう?」

「えっ?でも…」


 正直驚いた。


 好きな人には勝てる訳がない。

 まぁそうだよな。学生の時とは違い、大人ってのは様々な要素で付き合っていくものだ。

 それでも、ただ好きだという要素は、何よりも代え難いし、最終的には好きな人の元へ帰っていく。



 以前涼平さんがポツリと零した。


『どこかの政治家が同姓愛は非生産的な関係だって言ってたな。俺は役立たずって事らしいぞ?』


 その理由は、子供が出来ないからに他ならない。

 て事は、俺もそうなんだろう。

 結婚という点において、俺は無価値なんだろうと思う。

 だから俺のセックスにはなんの価値も無い。


 それも悲しい話だと思い、子供を作る以外の事に価値を見出すことにした。

 俺と関係を築くのを無駄な時間だと思われたくなかった。


 繋ぎ止める為に、必死に価値を高めた。


 その結果、俺には好きだとかいう感情が分からなくなった。

 一度関係を持った相手は、好きな人が出来たと言いながら、関係を迫ってくる。


 好きってなんだよ…


 そして、最後は好きな人の方へ去っていく。

 そんな事ばかり。それならば、セックスだけでいいかとなってしまった。



 ミイコは好きな人がいるから離婚をしたいと言った。でも恐らく、また俺と行為をしたいと思ってくれたのだろう。


 そういう時の女は、俺の事を隠したがる。

 美味しい所取りしようとするのだ。


 好きな人には誠意を見せつつ、陰で俺と関係を継続する事を求める。


 俺だってそうなる事は少しだけ予想出来たけど、彼氏がいる相手とは基本的にしたくない。

 ミイコの事は一度でいいからしてみたいと思ったから、手順を踏んだつもりだ。だから断られれば諦めるつもりでもいた。


 彼氏の事はいいのかと、心配になった。


 あぁ、そう言えば、碧が言っていたな。

 不倫というのはその関係性に酔うとかなんとか。


 そう言う事なのだろうか…


「あのさ、彼氏が好きなんだよね?」

「ソウくん…そのことで、話がしたいんだけど、一度帰ってきてくれる?」


 訳が分からないけれど、一つだけ問題があった。


「あー、えっと…一週間時間貰えるかな?」

「…もしかして、碧の事?」

「そうだね。まだ離婚届出してないから、ダメだって言うなら直ぐに帰るけど?」

「うーん…分かった。それは仕方ないし、私も同じようなものだし…でもね、考える余地があるなら、ちゃんとしたいと思ったんだ。だからお話しよう!」


 なんだかミイコの中で色々と変化が起きているようで、話が噛み合わない。


 夫婦として最後に、話し合いに応じてみようと思った。










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