第10話 旦那様

 宗次郎との行為は、信頼と実績を兼ねた頭の中のソウくんを軽く凌駕した。


 昨日修司さんに送ってもらい、部屋に戻ると、寂しさに襲われた。

 一人は馴れていた筈だったのに。


 寂しすぎて、私はベッドに潜り込む。

 それから修司さんとの行為で持て余している身体を、頭の中のソウくんで慰めた。


 でも、やっぱり物足りない。

 私は一体どうしてしまったのか。


 好きな人は私に全てを与えてくれない。

 私が一生懸命尽くしても、その思いに応えてくれる事はなくて、でもそれはそんなものだと諦めていた。


 何より、人を好きになる気持ちに、対価を求めるのはおかしいと今更ながら感じる。


 修司さんは、これだけ構ってやっているのだからという感覚だったのか、毎回避妊はしてくれなかったし、自分の優秀な遺伝子を欲しいのだろう?という事を何度も言われて、そうなのかもしれないと思っていた。


 そして当然私は妊娠した。

 好きな人との赤ちゃんが出来て嬉しかった私は、産むつもりだった。

 修司さんを困らせると思い、言わずにいたけど、私の体型が少しずつ変わっていく事に気づいたようで、仕方がないと私は赤ちゃんを授かった事を伝えた。


 彼はその話を嫌そうな顔で聞いた後、私に詰め寄った。


『はぁ?どうすんだよ。そのうちやれなくなるだろうが。俺の事は二の次か?俺よりもまだ産まれてもいない子供の方が大事だってのか?』


 私は慌てて否定した。

 修司さんとの子供だから大事なんだと伝えたけれど、全く取り合って貰えなかった。


『じゃあもう別れる。』


 そんな事を言われて、私は泣く泣く子供を諦めた。


 堕胎するには随分とギリギリだったようで、身体にかなりの負担がかかり、数日の入院を余儀なくされた。


 彼は面会には来てくれなくて、携帯にメッセージを送ってくれた。


『大変だったな。しばらくセックスは出来ないだろうけど、俺の世話をしたかったら口を使えばいい。』


 なるほど、そんな手があったのかと感心した。


 入院中に妹が来て、こうなった経緯を話すと、私の頬を張って、叱られた。

 さっさと別れろと言って、病室を後にする妹に、心の中で謝罪した。


 結局私は修司さんと別れる事が出来ず、口で修司さんを満足させてあげるた時に、こう言われた。


『子供が出来なくても、俺が幸せにしてやる。』


 堕胎の時期が遅く、身体に負担をかけてしまった私は、不妊になってしまったらしい。

 それを伝えたら、彼は妊娠の心配が無くなったと喜んでくれた。


 いつか奥さんと離婚して、私と一緒になっても、幸せにしてくれるという言葉を信じた。

 いや、もう信じるしかなかった。


 彼を逃したらもう結婚は無理だろうと諦めていたから。


 それが何の因果か、彼の思いつきで結婚をする事が出来た。


 本当は好きな人とするのが一番だけど、結婚そのものに対し、確かに憧れがあった。

 だから、内心は嬉しかったのだと思う。


 しかも宗次郎のような格好いい男性が、私のような地味な女に求婚してくれるなんて、考えられなかった。


 私は大人な男性に抱かれているから、同じ歳の男性のように若い人との行為は、大した事もないと思っていた。

 碧が宗次郎の行為を余りにも褒めるものだから、多少は期待したけれど、いざしてみると、やはり大袈裟だなと思わずにはいられなかった。


 でも昨夜、その考えは間違いだったと言わざるを得ない行為を一晩中して貰い、今現在もそれを思い出しては身体が疼く。

 何より、昨日の朝(というか昼だけど)の清々しい目覚めが、頭から離れない。


 宗次郎に離婚届を突きつけた手前、直接連絡は取れないけど、一緒に居るであろう碧にメッセージを送ると、楽しそうな返事が返ってきた。


 宗次郎とのエッチには段階があって、初めの五回は準備期間。そして六度目以降には…


 その通りだった。

 この前がその六度目。


 そこで思った。

 私はもっと宗次郎を味わいたいと。


 そして、宗次郎と一緒に居るであろう碧にモヤモヤとした感情を感じる。それが何なのか分からないまま、私は直接宗次郎と話す決意をした。


 今日、勤めている美容室に行くと、思いがけない事を聞かされた。


 宗次郎は売れっ子で、中々予約が取れないらしい。


 私は宗次郎の事を余りにも知らなかったし、知ろうとも思っていなかった。


 私の勤めている会社は、美容関連商品の卸業社で、私はそこで事務員をしている。半分はメーカーとしての顔を持つ会社は、美容室に直接配送する物と、美容室が急に必要になった時の為に、会員制で店舗販売も行っている。

 普段店舗に配送しているお店限定の会員制なので、その場で金銭のやり取りはなく、配送分と共に、月毎で請求する事になる。


 急場を凌ぐ為の店舗なので、そうそう客が来る訳でもなくて、事務員である私は店舗での会計をする事もあり、そこで出会ったのが碧だった。


 明け透けな性格の碧に、陰湿な性格の私が惹かれるのも当然で、何時からか、外でご飯を食べたり飲みに行ったりするようになった。


 私は美容業界に興味があった訳ではなくて、仕事を探していて、偶々面接に引っかかったこの会社に勤めている。


 だから、美容室がどうとか何も勉強をしてこなかった。商品の知識だけは仕事に必要だからと覚えたけれど。


 お店で宗次郎の事を聞いて驚いた私は、何だか心がむず痒くなった。

 周りにいるキラキラとした眼差しで宗次郎に視線を送る女性達を見て、優越感を感じる。

 そして、碧にメッセージを送る。


『私の旦那様、売れっ子らしい!』


 宗次郎が働いている所を初めて見て、なんて素敵な人なんだろうと思った。

 彼が客にハンドマッサージをしながら、優しく話しかけている所を見て、私は欲情した。


 私もあの指でこねくり回して貰いたい。


 そう思うと、心臓が早くなり、息が荒くなっていく。


 すると碧からメッセージが返ってきた。


『今更〜?て言うか、店に行ってるの?』

『うん、来てるよ?』

『ちょっと!連れて帰らないでよね?私宗次郎に貸しがあるんだから!』

『貸し?どうするの?』

『もう一日は私が宗次郎を死ぬ程味わう!』


 ムムッと眉に皺が寄ってしまう。

 ズルいなぁ。


『あ、昨日はご馳走様でした☆彡.』


 カチンときた。

 どうやって返事を返そうと思っていると、受付の子から名前が呼ばれ、私はスタイリングチェアに案内をされた。







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