第8話 境界線

 何時ものように、迎えに来てくれた修司さんのVOLVO XC40に乗り込み、そんな車とは不釣り合いなホテルに入った。


 部屋に入ると、バスタブにお湯をはり、修司さんはソファに座るとビールを飲み始めた。


 何時も通り。

 何時もと何も変わらない行動パターンは、私に安心感を与えてくれる筈だった。


 何となく、同じやり取りや同じ行動をする修司さんに先回りして準備をしたり、分かってますよという態度をとることによって、まるで熟年夫婦になったような嬉しさがある。と、思っていた。


 ビールを飲み終わると、二人でお風呂に入り、私は修司さんの身体を洗ってあげる。

 妻として夫のお世話をしているような気持ちになって、喜びを感じる。気がしていた。


 お風呂から上がると、またビールを飲み、それから二人でベッドに入った。


 どうして欲しいのか、手に取るように分かる。

 彼の感じる所をせめてあげると、気持ちよさそうな表情を見せ、それを見るのが私の生き甲斐のように思っていた。


 私は愛され、必要とされている。

 そういう実感を与えてくれている修司さんを、私もまた愛していなければならない。


 一度目のセックスが終わると、私を腕枕しながら、ピロートークが始まる。


「そう言えば、お前の旦那は、お前を満足させられないって言ってたな。」

「あ…う、うん。」


 言葉に詰まった。

 昨夜の彼は、私を十分満足させるに足る行為をしてくれた。


 そして今、修司さんとのセックスは物足りなさを感じてしまい、罪悪感に苛まれた。


「私、彼とは別れようと思ってるんだけど。」


 そう言うと、彼は驚いたような顔になった。


「おいおい、まだ半年だろ?」

「でも…」


 修司さんは少し顔を顰めた。


「まぁ待てよ。もう少し続けてもいいんじゃないか?あれが下手で嫌なら拒否すればいい。」


 何故私が離婚するのを止めるの?

 と言うか…帰ってソウくんとエッチしたい。


 物足りないの。

 あんなの経験しちゃったら、この人のワンパターンなセックスでは、満足できそうにない。


 何より、私と宗次郎は夫婦なんだから、悪い事ではないし、修司さんも結婚してても私に心があるって言ってる。


 私も修司さんに心がある気がしているから、身体は夫に任せてもいいんじゃない?


 不味い。

 宗次郎は碧の家に居候すると言っているみたいだし、碧に取られたらどうしよう。


 修司さんには離婚しようと思うって言ったけど、それはエッチをする前の話で、正直今はそんな気はサラサラない。もっと抱かれたい。


 確かに今迄感じたことが無い快楽で、流石碧があの人以上上手い人等いないというくらいだと思ったけれど、一番気になっているのは、あの多幸感。


 行為の最中もそうだし、その後の安らぎのようなものが、私には何よりも心地よかった。


 それに…


「おい、聞いてるのか?」

「え?あ…なんだっけ?」

「そこまで考え込んでいるのか?」

「そう、なのかな?」


 ごめんなさい。

 貴方の事は余り考えてませんでした。


「クックック。お前は俺の物だからな。もう旦那とはするな。でも離婚はもう少し待てよ。W不倫ってのが燃えるだろ?」


 つい最近まで私もそう思ってました。

 でも、それはもうどうでもいい。

 兎に角、また宗次郎とエッチがしたい。


 修司さんの事は好きなんだから、それだけでいいでしょ?


 考えてみれば、酷い事されてきたような気もするし、これくらいしてもいいよね?


「うん。分かった。もう旦那とはしない。」


 うそです!

 修司さんに操を立てるような事を約束させられるけど、そんな物は反故にさせてもらう。


 だって、私との約束なんて、守ってくれないし。


 じゃあ、私から質問。

 と言うか、これに正面から答えを出してくれるなら、私は本気で操を立てる。


「ねぇ修司さん。何時奥さんと別れてくれるの?もうずっと待ってるのに…」


 離婚を詰め寄ると嫌な顔をするから、暫くは言わないでいたけど、ここが分水嶺。


 私だって分かってる。

 馬鹿を装っていなければ、こんな関係続けられない。修司さんは私を騙し、私も私の事を騙し、ただ依存先に粘着していなければ、私の精神が崩れる。


 何度も修司さんを殺して私も死ねば、私達は永遠になると考えた。


 狂気と愛情の境界線上をフラフラとしていた時に、宗次郎からもう一つの境界線を引かれた。

 狂気と愛情と快楽という感情の三つ巴。

 私はその中心に立ち、どこに倒れるか分からない。


 色々と考えていると、何時ものように明言を避けた修司さんが私の身体に触り出す。

 二回戦が始まるようだった。


「美衣子の弱い所は俺が一番知ってる。ぽっと出の旦那なんかじゃ比べ物にならないだろ?」

「そうだね…」


 いや、スポーツ少年団のサッカーチームと、リーガ・エスパニョーラのバルサくらいの差がある…

 なんて言えない。


 修司さんは一生懸命だから。


「ハッハッハ。お前は本当にセックスが好きだな。」


 それは否定しない。

 本当に気持ち良いセックスを知ってしまったから。


 それにしても、碧は宗次郎にちゃんと伝えてくれたかな?

 帰って来てくれるかな?そして私を抱いてくれるかな?


 修司さんとこういう関係になって初めて、上の空で逢い引きは終了した。





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