第7話 居候先

 やっぱり良かった。

 思った通り、最高の相性だった。


 昨晩の事を思い出しながら、大きいキャリーケースを引っ張り、緑の紙をピラピラとさせ、行く宛を探していた。


 離婚と決まったからには、一緒に居る訳にもいかず、いや別に居てもいいのかもしれないが、けじめとして取り敢えず出てきた。

 しかし、困った事になった。


 母親は既に他界しているので、実家というものが無い俺に行く所は限られている。


 近くの公園で悩んでいると、碧から連絡が入った。


『もしもし?』

「ん?どうした?」

『昨日さぁ〜』


 どうやらミイコと一緒に離婚届を取りに行った手前、どうなったかが気になるようだ。


「それはそうと、お前良くやってくれたよ!」

『へっへー、どう?褒めていいよ?』

「ヨシヨシ!褒めてやる。って言うか、何か礼をしようと思ってんだけど?」

『マジで!』

「マジで。」

『じ、じゃあさ…エッチしよ?!』

「お前はそればっかりだなぁ〜。俺も嫌いじゃないけど。」


 取り敢えず行く所がないと話すと、興奮した様子で家に来いと言う。


「ん〜、じゃあ、暫くいいか?」

『いいよいいよ!やったぁ!』

「お礼はするけど、前みたいな関係になりたいんなら、離婚届出してからな?」


 そう言って通話を切り、碧の家に向かう事にした。


 歩いている途中、俺の隣にデカいアメ車、エスカレードが止まる。

 何度も見た事のあるその車の窓が開き、綺麗な女の人が顔を出した。


「へいへい、お兄ちゃん、お茶でもどうだい?」

「…香純かすみさん。誘い方が古いよ。」


 10歳も歳上には見えないその女性は、俺の元先輩であり初体験の相手、香純さんだった。


「またぁ〜、おばさん扱いして〜!」


 ムッと、怒ったような顔をしているが、当然冗談だ。


「こんな所で何してるの?仕事?」

「んーん、逆ナン!」

「だから、それは今の話だろ?」


 軽く冗談めかして言っているが、この人は本気だ。

 俺を誘っているのだ。


「あのさぁ、俺結婚したんだよ。」


 そう言うと、香純さんは大きく目を見開いた。


「うそでしょ?」

「マジ。ほら。」


 そういいながら、離婚届を差し出した。


「ちょっ!ウケる!結婚したって、離婚届見せながら言う人初めて!」


 ゲラゲラと一頻り笑い、「へぇ〜、離婚届ってこんな書き方なんだね?」と関心して、視線が一点に集中した。


「へぇ…」

「もう返せよ。」


 離婚届を引ったくり、歩きだそうとすると、再び止められる。


「待ってよ!離婚するんでしょ?じゃあさ、お姉さんと遊びに行こうぜ!」


 カモンとでも言うように、手をわしゃわしゃしながら、ニコニコと誘ってくる。


「いいけど、これ出してからね?だから、今日は行かないよ?家も探さなきゃいけないし。」

「はぁ?なんで?出てきちゃったの?」

「そう。で、今から碧の家泊めてもらおうとして向かってる最中。」

「マジで〜!言ってよ〜!私が用意してあげるのに〜!そこで、いっぱいしようよ〜!」


 俺は苦笑いをするしかなかった。


「香純さんもさ、一応結婚してるんだからさ、止めといた方がいいって。」

「えぇ〜、ソウちゃんとしたいなぁ〜。私の身体はまだソウちゃんを覚えてるよ?」


 困ったもんだ。

 何奴も此奴も。


「まったく…碧が待ってるから行くわ。」

「じゃあ、送ってくよ?」


 という事で、乗せてもらった。

 いいなぁ、エスカレード。

 買えたとしても、維持費だけで死ねるなこれ。



 碧が住んでいるアパートは、碧の実家の持ち物で、格安で住んでいるらしい。

 バブル時代には美容室も儲かったらしく、碧の家は割と裕福だ。


 アパートに着くと、待ちわびたかのように、碧は外に出ていた。


「あれ?香純さんじゃん?」

「久しぶりね?ソウちゃん、ついたよ?」

「あぁ、ありがとう。」

「あれー!?なんで香純さんと一緒に居るの?!」


 車からキャリーケースを下ろし、窓際まで行くと、胸元を掴まれて、グイッと引き寄せられ、キスをされた。


 唇が離れると、香純さんはペロリと舌舐めずりをして、妖艶に笑う。


「あぁぁぁ!!何やってんの二人とも!!」

「ウフフッ、運賃よ。またね?」


 そう言って、香純さんは去っていった。


 ムムっと眉を寄せ俺の腕を取り、香純さんの車を見送る碧に、取り敢えず荷物を置かせてくれと言うと、ため息をつき、部屋に案内をしてくれた。


「このアパート空き部屋ってあるのか?」


 部屋を借りないといけないので、身近なとこから聞いてみる事にした。


「あるよ?親に聞いてみようか?」

「そっか、何時までも碧の部屋に居候させてもらう訳にはいかないからな。」

「一緒に住む?」

「お前、結婚したいんじゃなかったのか?」

「まぁね。親が五月蝿くてさ。一人娘だから、孫が見たいって…あ、ごめん。」

「ばぁか。今更気にすんな。」


 まぁそういう事だ。

 碧が俺と結婚出来ないのは、子供が作れないからだ。


「本当は宗次郎と結婚したいんだよ?」

「お前は浮気するから嫌だ。」

「あぁー。その節は申し訳ございませんでした。」


 容疑者は、浮気してみて初めて俺の良さが分かった等と、意味不明な供述をしており…


「でもさぁ、美衣子は良かった訳?浮気しまくりじゃない?」

「まぁ、あれは知ってたからな。それに俺は身体目当てだったから確実に出来る結婚という形をとったけど、相手の心が別にある以上続けるのは無理だからな。」

「とんでもない理由だよね?結婚ってそんなに軽いものじゃないと思うんだけど?」

「そうなんだろうな。でもミイコも同じようなものだろ?ある意味似た者夫婦だったな。つうか、お前だって、俺と結婚したいってのは、身体目当てだろ?」

「ん〜、身体目当てって、そんなに悪い事なのかな?」

「お前…さっきと言ってること違うじゃねえか。」

「いやだってさ、よくよく考えてみると、身体目当てとは言っても、宗次郎だったら雰囲気作りとか、身体の心配、心のケアまで考えてくれる訳じゃない?」


 そりゃそうだろう。

 最高のセックスは、最高の環境でないとダメだろ。

 疲れてたらしたくないだろうし、心配事があれば集中出来ない。嫌いな相手とはしたくないし、嫌々させてもらうなんて、真っ平だ。

 ミイコだって、してもいいって思ってくれたからした訳だ。


「普通の夫婦でも、そこまで大事にされる女は幸せだと思うけど?」

「そんなもんかな?…でもそこに愛情が入ってないとダメだろ?」

「そりゃ勿論そうだけど…ん〜、愛情ってのが難しいよねぇ。」

「…そうだな。」


 人を好きになる感情が良く分からない。

 好意を寄せる事とはまた別次元の話なんだろうけど。俺はミイコの身体は愛してる。愛してる?


「何としてもその人を欲しくなる。という事かな?その人の心が欲しくなるのか?」

「あぁ、そうなのかもね。」


 それなら俺はミイコを愛してないって事かな?


「考えれば考える程分からないな……ま、一旦保留だ。離婚届出しに行かないとな。」


 碧の部屋に荷物を置き、部屋を出ようとすると、引き止められた。


「ちょっと待って。何かね、美衣子が離婚届出すの待ってって言ってたよ?」

「え?そうなの?…俺にそんな連絡なかったんだけど?」

「直接言い難かったんじゃないの?戸惑ってたみたいだし?」


 訳が分からない。

 離婚したいんだよな?


「まぁいいじゃん。今日は、お礼をしてもらわなきゃ。」

「そうだったな。」

「貸し二つだから、二日は抱いて貰わないとね?二ヒヒ…」

「貸し二つ?なんで一つ増えた?」

「ほら、ここに居候させてあげるじゃない?」

「あぁ、なるほどな。」


 ちゃっかりしてやがる。

 いや、まぁ確かに無償だと思ってた訳ではないけど。


「じゃあ、一つ目の貸しを返して貰おうかな?では、いただきまーす!!」


 そういうなり、襲いかかってきた。

 途中まで歩いて来たから汗もかいてるし、シャワーを浴びたかったが、碧は一回してから一緒に入ろうと、まるで男女逆転したかのような物言いで、俺を蹂躙していく。


 その日一日、俺は碧と裸で過ごす事となった。

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